天空
□天空/短編
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2013年2〜3月の拍手おまけ
幸運のうさぎ
海からの風が山にぶつかり、空の高いところまで上がって冷やされた結果、雪が降るのだと、かつて教えてくれた人がいる。
あの頃の私はいまよりもっとずっと小さくて、その人の話すことの半分も理解できなかったけれど、毎週母さんとお祈りにいく教会で、その人に会うのが好きだった。
優しい語り口も、その声も。笑顔で頭を撫でてくれる暖かな手も。
母さんとは違う大きな手。お爺とは違うしっかりした手。
おとうさんがいたら、こんなだったかな? おとうさんはクリフト様みたいなの? って聞いたら、母さんはとんでもないって笑ったけど。
私には母さんとお爺しか居なくて、父親って言うものがわからなかった。
毎週、毎週、違うお話をしてくれるクリフト様。知らないことなんて何もないに違いない。クリフト様は、たーくさん勉強をして、世界中を旅してこられた、とても偉い司祭様なんだと、お爺が言っていた。
そんなクリフト様なら、父親というものもご存知だろうと、小さな私はかねてからの疑問を口にした。その時のことは、今でも鮮明に覚えている。
クリフト様は困った風に微笑んで、私の頭を撫でて「わたしにも、それはよくわからない」と詫びた。尖った小さな石を踏んづけた時のような顔をして。
後になって知ったのは、クリフト様には父親どころか母さんもいないのだということ。クリフト様はこんな雪の日に、教会の前で拾われたらしい。
子供ながらに、悪いことをしたのだということは分かった。
お詫びをしようにも、その事自体が更にクリフト様を困らせてしまいそうで、大層悩んだのを覚えている。
悩んだ挙げ句、私は珍しく風邪を引いた。高い熱が出て、毎週欠かさず通っていた教会にも行けなかった程だ。あんまり熱が下がらないものだから、母さんとお爺は教会に行った。昔はお祈りの甲斐なく亡くなる人が多かったそうだが、今はクリフト様がいる。クリフト様が煎じてくれた薬草茶は酷い味だったけれど、我慢して飲んだら熱は下がった。
「今日が最後の勤めだったから、こんな形だけど会えてよかった」
翌朝、様子を見に寄ってくれたクリフト様の言葉に、私はひどく驚いた。
私が悪い子だから? だから居なくなっちゃうの?
泣きじゃくる私の背を撫でながら、クリフト様は優しく笑って首を振った。
「何処へもいかないよ。ただね、お城に上がるんだ。教会にはあまりこれなくなる」
結婚するんだと、気恥ずかしげに笑うクリフト様の顔はとても幸福そうに見えた。
この日の言葉通り、風邪が直った次の週に教会に行っても、そこにクリフト様の姿はなくなっていた。
かわりに説法をするお年を召した司祭様のお話は、まったくチンプンカンプンで、私の足は教会から遠退いた。
その冬二度目の雪が降った日、おしゃべりなおばちゃんたちが話しているのを偶然聞いた。
クリフト様のご結婚のお相手が、この国の女王様で、間もなく赤ちゃんがお生まれになるということ。
安産と幸運のお守りに、兎の尻尾の飾りを献上するのだと、お爺は弓矢を持って出掛けていった。
私には、弓矢を引く力も兎を追う犬もいない。
だから代わりに雪を丸めて、南天の葉と実で兎を作った。
両手に雪兎を抱えて、真っ直ぐお城に走った。たまたまお散歩中のクリフト様と女王様にお会いできたのは、兎のもたらした幸運だとしか思えない。
「こりぇ、あかちゃんにあげてぇ!」
差し出した雪兎を、クリフト様とアリーナ様は顔を見合わせ微笑み
「ありがとう」
と目線を合わせて受け取った。
以来私は、雪の季節が来る度に雪兎を作る。
真っ白な雪を集めて、三びき並ぶ、親子の雪兎を。
20130226
今年は雪がたくさん降りましたね。
娘がこさえた雪兎を見て思い付いたエピソードでした。リーアさんに捧げます。