天空
□堕天使
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堕天使 2
地上から延びた紫色のまがまがしい光が世界樹を貫いて、実ったばかりの女神の果実は落ちた。
わたしもまた、落ちている。
ああ、羽が…
イザヤール…
初めて知る重力の鎖。
体を覆う失墜感。
遠ざかる視界。薄れ行く意識に、舞飛ぶ白い羽根と、黄金に輝く果実の落ちて行く先を刻み付けて、わたしは意識を失った。
「あ、気がついた!」
見たことのない部屋。いや…、知っている。ここは…
「ねぇ、大丈夫? 自分の名前がわかる?」
名前?
名前は、アイーダ。あの方が、つけてくださった。あの方が初めてくれたもの。
「アイーダ…?」
ここは、どこだろう…
わたしは、何故…
「ここはウォルロの村よ。あなた、地震があった日に空から落ちて来たの。覚えてない?」
ウォルロ…
地震…?
空…
落ち、た…!?
「だ、ダメよっ! まだ寝てなくちゃ!」
思い出した。
この娘はリッカだ。若いのに、信心深い娘。祖父と二人で暮らしている。わたしがイザヤールから引き継いだウォルロの村人。
しかし、なぜ?
いかに信心深いとはいえ、この娘に天使を見るほどの霊力はなかったはずだ。なぜ、わたしの姿が見えている?
「ね、お腹空いてない? なにか食べた方がいいよ。待ってて、持ってくる!」
足音高く走り去っていく娘を見送って、わたしは自分に起きたことを思い出そうと目を閉じた。
そうだ、わたしは…
そっと、恐々と伸ばした手に、背中の翼は触れない。
それはそうだ。翼があれば、こんな風に仰向けで眠れるはずがない。
頭上に輝く光の輪もない。
「わたしは、ニンゲンになったのか…」
口にしてしまえば、ひどく簡単なことのように思える。
ああ、天使としての自分は死んだのだ。
天使に死が訪れるとすれば、きっとこういうことを言うのだろう。
守護天使として生きて来て、それ以外に生き方を知らない。
人を守護し導くことを喜びとしてきた。それが全てだった。
これまでのわたしの全てが、終わったのだ。
何故だろう。両手で顔を覆っていた。その掌に濡れた感触。
ああ、涙だ。
わたしは泣いているのか。
ニンゲンになったから、涙が流れるんだ。
そしてそれを受ける手がある。
わたしには、まだ動く体がある。
わたしは、まだ生きている。
ならばまだ、やれることがあるはずだ。
天使としてでなくとも、人々を導き守ることは出来る。
ニンゲンが、ニンゲンの手で、正義の道を歩むことが本来のあるべき姿なのだ。
「イザヤール様、見ていてください」
あなたの弟子は、人として、人を助け導いて見せます。
ひとりの、ただの人間として…
2009.12.3