◆ときめきトゥナイト

□お題外2
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ほこほこ


♪やきいもやきいもおなかがぐー

調子外れの歌声が近づいてくる。元気な足音と一緒に。

♪ほかほかほかほかあちちのちー

もっと近づいてみると外れているのは子供の声ではなくて、リビングでくつろいでいた俊はつい吹き出してしまった。

(あいつらしいか)

もう1分もしないうちに玄関が開いて、元気盛りの愛息が飛び込んでくる。息を切らしながら少し遅れて愛しい人も。
俊はキッチンに向かい、グラスを人数分用意する。冷蔵庫から麦茶のポットを出して

「ただいまー!!!」

ガチャン、バタン!

「こら卓、ドアはもっと静かに閉じなさいっていつもいってるでしょー?」

弾む息を整えながら、蘭世の小言はまだ続く。あー、もう。靴を散らかしてぇ。うわ、泥だらけ。やだ、ちょっとたぁくー、靴下脱いで! 廊下に土が! 雑巾、雑巾!

いつも通り園帽子とカバンをハンガーにかけて手洗いうがいをした良い子の卓くんは、続く母の小言にきょとんとしている。

「おかえり」
「パパ!」

白…いはずの体操服で抱きついてきた愛息を受け止め、俊はうわーと苦笑する。卓が動く度に土ぼこりが舞い上がる。抱き止めた俊自身も卓の形に土が付いた。

「おやつの前に風呂だ。お前も入ってくれば?」

まだ玄関にいる蘭世も、細かな土で所々茶色く汚れている。

「大量だな」

玄関にはこちらも土にまみれたビニル袋。いかにも重たそうなその中には、この秋卓が一番楽しみにしていた芋掘り遠足の芋が入っている。

「楽しかったか?」

聞くまでもないが。

「うん!!」

満面の笑顔で首肯く卓の頭を、俊も笑顔で撫でてやった。

「良かったな」

わしわしと撫でる髪の毛からももうもうと土ぼこりが上がった。

(ああ、これはもう)

「それ!」
「きゃああ」

玄関からリビングまでの廊下には卓の小さな足跡。このまま歩かせると家中土まみれだ。俊は卓を抱き上げて、そのまま風呂場へ連れていった。脱がせた体操服も土まみれなので、風呂場で軽くゆすぐ。体操服と卓から流れるシャワーのお湯が茶色くなくなるまで丁寧に。遠足のテンションのままはしゃぐ卓を洗っていたので、俊もずぶ濡れになってしまった。着ていた服にも土がついているので、もうこのまま洗濯機に放り込む。

「おーい」
「おーい」

真似する卓に「コラ」と額を擦り付け、再び脱衣場の蘭世に声をかける。

「一緒に入れば?」
「ばか」

弱冠の羞じらいをその声に感じて、俊は卓に見えない角度でちょっと笑った。

「パパ、パパ!」
「ん?」
「ぼくね、シャンプー出来るよ!」
「ほおお、すごいな」
「うん! すごいでしょ!」
「はい、目ぇつむってー」
「ん!」

シャンプーハットを使わなくても平気だと、小さな手で鼻と耳を塞いで、目をぎゅっとつむってスタンバイ。ざばーと頭からシャワーをかけている間じっ、と身動ぎせずに耐えている。少し前まではシャンプーの度にギャアギャア騒いだものだが。

「お兄ちゃんになったなぁ」

感慨深く呟く父に、実はシャンプーが口に入って半べそだった息子は、気を取り直して「えへん」と胸を張った。

「年長さんだもん!」

早生まれ故に同じクラスの子供たちと比べると少し小さい卓だが、遠足で3歳の年少さんの面倒を見たことで「お兄ちゃん」の尊厳が芽生えたらしい。

「偉い偉い。あとはピーマンを食べれば完璧」
「うえぇ」
「ははは」

必要以上に石鹸を泡立てて泡で角を作ったり、シャボン玉を作って跳ばしたり、男同士の話だと勿体振って幼稚園の交遊関係を話したりと、気づけば30分は経過していた。

「風邪引くわよ」

呆れ口調の蘭世からの忠告が三度目に叱責になったとき、卓のくしゃみが重なった。

「ほらもう、早く出なさい」

浴室に俊がいるのも構わずに入ってきて、卓に熱いシャワーを浴びせてさっさと連れ出してしまう。こんなときは母親だなぁと感心して、自分が子供だった頃の「夕焼けのお姉ちゃん」と今の妻の姿がだぶるのだ。

「あなたもね」
「おう」

卓と蘭世が浴室から出ていって、その気配がリビングに消えてから、俊も浴室を出た。洗い立てのシャツに袖を通して、髪を拭きながらリビングに行ってみれば、そこにはホコホコと湯気をあげる卓とさつま芋。

「食べるでしょう?」
「ああ」

髪から水を滴らせる俊の首からタオルを取ってわしわしと拭いてやりながら蘭世が笑う。父子揃って、と呆れているのか、彼女も昔のことを思い出しているのか。

「わたしもシャワー浴びてきちゃうから、後お願いしていい?」
「いいよ」
「ありがと」

夕食に障らぬようにと小さく切り分けられたさつま芋と格闘している息子は、放っておいたらすぐさまもう一度風呂へいれなければならないほどに汚れるだろう。

「はい、パパ!」

見ればフォークに刺されたさつま芋を卓がこちらへ向けている。

「あーんてして」

弱冠照れ臭いが、

「あーん」

火傷をするほど熱くない。ほくほくのさつま芋の甘さが口の中に広がる。

「おいしい?」
「美味しいな」
「ぼくがほったやつだよ」

満足げな息子の笑顔に、芋の甘さ以上の甘さが胸を占めた。

「そんでママが作ってくれたの!」
「ああ、そりゃあ美味しいに決まってるな」
「うん!」

卓の口にひときれ。自分の口にも。
そして二人で顔を見合わせニカッと笑いあった。
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