◆ときめきトゥナイト

□お題外2
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夏休み

※本文中に差別的な表現を含みますが、連載当時の表現をそのまま引用しますことをご了承ください。


 通学路の途中に、物々しい雰囲気の洋館が建っている。
 鬱蒼とした森に囲まれたその洋館は、同級生の間ではお化け屋敷と呼ばれ恐れられており、夏休みになると、必ず地元の小学生が肝試しにやってくる。ある意味この肝試しは、この地区の小学6年生夏の最終イベントであり、通過儀礼でもあった。

「去年、松岡の兄ちゃんがお化け見たって」
「ウソだ〜」
「ほんとだって! 髪の長い女の子の幽霊が、窓からこっち見てるんだって!」
「うえ〜」

 どうやら今年も、肝試しが行われるらしい。
 プールの帰りらしい男子児童が数人、木々の向うに見える洋館の塔を見上げている。

「でさ、今日って全員来んの?」
「全員じゃなくて、花村静だろ〜?」

 明らかにそわそわしている男子を、別の男子が肘で小突く。ばっか! ちげぇよ! と、小突かれた男子は否定するが、隣のクラスのマドンナ的存在である少女を、その男子が気にしていることは周知のようで、ひゅうひゅうと囃し立てられる。顔を真っ赤にした男子児童は、どうにかして話題をそらそうと、ぐりんと後ろを振り返った。

「おい! お前も来んのかよ。真壁!」

 少年たちの10歩ほど後ろを、道端の小石を蹴りながら歩いていた少年は、名前を呼ばれてゆっくりと顔を上げた。
 少年たちは、にやにやと意地悪く笑ってみたり、明らかな敵意を持って真壁と呼ばれた少年の返答を待っている。

「どうなんだよ」

 からかわれていた少年が、どうやらこの集団ではリーダー格らしい。
 腕組みをして一歩前に出る。顎をそびやかして真壁を見るが、身長はあちらの方が若干高いため、見下ろしたくとも見上げることになるのが腹立たしい。

「…べつに」

 ぼそっと、視線をそらしながら真壁と呼ばれた少年が答えた。興味がない。というよりは、子のやり取りが早く終わればいいと思っているのが態度でまるわかりだ。
 それがまた、少年たちには気に食わない。
 いつも着古したTシャツを着て、筆箱も縦笛も誰かのお下がりを使っている、貧乏人のテテナシゴのくせに。ヤクザの神谷陽子なんかと友達で、すぐに喧嘩するヤバンジン。そのくせちょっとばかり足が速くて野球ができるからって、隣のクラスの女子にまでキャーキャー言われていい気になっているに違いないのだ。

「はん! 怖いんだろ!?」

 きっと、強い瞳が男子生徒を貫いた。一歩前に出していた足が、僅かに下がる。

「怖かねーよ。お前こそ、びびってんだろ」
「んなわけなーだろ!」

 あとは売り言葉に買い言葉だ。今晩21時。洋館敷地の裏から忍び込み――代々の小学6年生が開けた獣道ならぬ子ども道がある――、お化けのしるしを手に入れて先に戻った方の勝ち。
 すっかり親にばれているとは知らず、家を抜け出した子供たちが何人かでペアを作って、子ども道から敷地に侵入して洋館の周りを一周して帰ってくるだけの例年通りの肝試しが終わるのが20時ごろ。興奮冷めやらぬ子どもたちが帰って行ったあと、数人の男子だけが残った。

「怖気づいて来ないかと思ったぜ」
「そっちこそ。足が震えてるけど、大丈夫か?」

 家の中にまで侵入しようというのだから、立派に家宅侵入罪で捕まる。そこまで考えが及ばなかったとしても、これから自分たちがやろうとしていることが、良くないことだというのは分かっているのに、強がりを言いあって引くに引けない。口を真一文字に引き結び、男子二人は左右に別れた。
 何歩も歩かないうちに、お互い振り返って相手の様子を伺うのだが、それが余計に虚栄心に火をつけたらしい。大股でずんずん歩くうちに、人の気配がしなくなった。

「うわ!」

 ばささ、と頭上を何か大きな羽音が横ぎった。鳥だろうかと目を凝らすが、空には月と星が見えるばかりだ。

「脅かすな」

 飛んで行ってしまったのであろう鳥に文句を言った時、真壁俊の目の端に、何かが映った。

(…ん?)

 止せばいいのに目を凝らして見直すと、洋館の二階の窓から何かがにゅうっと顔を突き出してこちらを伺っていた。

「う、わあああああああ!!!!!」

 長く伸びた黒髪の真ん中に、白い顔があって、大きな目がこちらを見ていた。

 女の子の幽霊だ! 本当にいた!

 俊が悲鳴を上げたのとほぼ同時に、洋館の反対側へ歩いて行ったクラスメイトも悲鳴を上げていた。夜の静寂を引き裂く悲鳴に、俊はダッシュでその場を逃げ出した。
 枝にシャツや肌をひっかけながら、息を切らせて子ども道をくぐると、そこには鼻水と涙で顔をドロドロにしたクラスメイトがへたり込んでいた。

「いた…。ほんとにいた」

 うわごとのようにつぶやくクラスメイトの腕をとって、引きずっていく。証人として一緒に来ていた連中は、さっさと逃げたらしい。
 とぼとぼと歩いているうちに、お互いあちこちすり傷だらけなのに気が付いた。


「家くる…? 母さん看護婦だから。こっから近いし…」

 という俊の提案に、クラスメイトは素直に頷いた。
 アパートの前には訳知り顔の母親が待っていて、何も言わずに息子たちを迎えてくれた。手当をされている間、俊たちは何も喋らず、その日はそのまま別れた。

 翌日、前日の夜更かしにもかかわらず、容赦なくラジオ体操に行って来いと家を追い出された俊は、アパートの前で不貞腐れたように立っているクラスメイトを見つけた。

「…よぅ」
「おう…」
「それ、どうしたんだよ」

 クラスメイトの額の真ん中が赤く晴れている。

「親父に」

 昨夜のことで仕置にあったのだと、クラスメイトは自分の親指で中指の爪をはじいた。

(でこピンか)

「痛そうだな」
「どってことねぇよ」
「そうか」
「おう」

 二人並んで歩き始めるが、それきりしばらく無言が続いた。ラジオ体操会場である小学校が近づいて、何人か見知った姿が見えてきた頃、急にクラスメイトが立ち止った。

「昨日のことだけど…!」
「言わねぇよ」

 唇をかんでうつむいていたクラスメイトが、はっと顔を上げて俊を見る。

「ほ、ほんとか!」
「ああ」

 おれだって、悲鳴を上げて逃げ出したんだし。とは言わない。
 しばしばつの悪い表情で見つめ合った二人は、同じタイミングでニカッと笑った。

「おれは髪の長い女の子の幽霊を見た」
「俺なんか、吸血鬼だぜ!」

 やがて二人の周りに昨日逃げていった仲間たちが集まってくる。

「あ! お前ら!」
「ごめんて、てっちゃん」
「あれからどうなった?」
「おー! すごかったんだぞ! な、真壁!」
「ああ。ほんとにいたもんな!」

 肩を組み、笑顔がこぼれる。絆創膏の下の擦り傷は勇気の証だ。
 これにより、洋館には本当にお化けが出るという噂が広まり、翌年から肝試しは学校で行うことになった。実際には洋館の持ち主より町内会に申し出があり、禁止となったのだが、子供たちには知る由もない。

 夏休みが終わっても、俊は洋館の前を通りかかる度あの窓を見上げる。夏が終わって冷静に考えてみれば、あれはお化けなどではなかったのではないかと思えてならないのだ。
 それを証拠に、ほら

「っぷ。へったくそ」

 あの窓辺で、俊と同じ年頃の女の子が、頬杖をついて歌を唄っている。どこか調子外れの、けれどもかわいらしい歌声で。


20130829
拍手おまけでした
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