◆ときめきトゥナイト

□お題外2
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仲良く喧嘩

 部活がない。学校にもいかなくていい。
 ああ、好きなだけ寝ていられる休みの朝は、なんて素敵なんだろう。

「真壁くんなんか大嫌い!」
「勝手にしろ!」


「っ!?」

 真壁卓の休日の朝は、階下からの喧騒で破られた。



(なんだ…?)

 まだ心臓がドキドキしている。深呼吸をして気持ちを落ち着かせて、卓は息を潜めて階下の様子をうかがった。
 バタンばたばたと母親の足音がして、バン! と玄関の扉が乱暴に閉じた。早足の足音が遠ざかる。

(うおー、出てったよ…)

 喧嘩自体珍しいが、母親が家を飛び出すような事態は更に希だ。
 隣の部屋では、卓同様この騒ぎで叩き起こされたらしい妹が、そそくさと外出の準備を始めている。

(狡っ)

 こちらも手早く着替えを済ませ、洗面所で妹と合流する。
 顔を洗い終えたばかりの愛良は、タオルの間からちらりと卓を伺うと、何も言わずに場所を譲った。

「愛良、お前いくら持ってる?」
「800円くらいかな」
「うわ、貧乏」
「中学生なんだから当たり前でしょっ! ちょっと、水が飛ぶ!」
「給料日前なんだよな〜。二人で朝昼マックは嫌だな…」
「え!? 朝ご飯無いの?」

 お前ね…、と鏡越しに愛良の間抜け面を見る。ナニヨ、と鼻白む愛良と目があった。

「あったとしてもおれは今の居間で飯食うのは嫌だ」
「だじゃれ?」
「違うっ」

 つい軽口を聞いた愛良だが、愛良も不機嫌極まりない父親と一緒に食事をしたいとは思わない。だからさっさと出掛けようと、こうして支度をしているのだ。

「じいちゃんちに行くか」

 寝癖を気にしながらなんとなく卓がそわそわし出したのは、祖父母宅に行くなら地下にも顔を出そうと思っているからに違いない。

(わかりやすい…)

 我が兄ながら恥ずかしいと思いながら、愛良は兄の思惑を訂正した。

「おじいちゃんたち、熱海に行ったよ。なるみおねえちゃんたちも一緒。家中バ○サンするから立入禁止だって」
「ええー狡くねぇ?」
「お兄ちゃんが行かないって言ったんじゃん!」
「う…」

 言われてみればそんな気がする。高校生にもなって、家族で旅行になんか行けるか! しかも温泉、と祖父母の好意を断ったのは卓自信だ。愛良も、従弟の相手をするのが嫌で、兄がいかないなら行かないと同行を断ったのだった。

「じゃあ、夢々ちゃんち?」
「にはお母さんがいるだろう」

 あ、そうか。と愛良は腕を組んだが、ふとあることに気付いて

「そういえばお兄ちゃんはいくら持ってるのよ」

 なんだか嫌な予感がする。

「………」

 腰に手を当て仁王立ち。鏡越しに睨んでくる愛良の視線から、卓はついっと目をそらした。

「500円玉があったかな〜」
「人のこと言えないじゃん!」
「うるせぇな。だから給料日前なの!」

「おい」

 よく響くバリトンに、二人揃って「ひぃっ」と飛び上がった。
 騒いでいたので父が階段を上がってきたのに気付かなかったのだ。

「なにを朝っぱらから騒いでるんだ」

((お父さんに言われたくない…))

 内心の呟きは、家の中では筒抜けなので、どちらかが気を付けていないと気が狂いそうになる。
 俊は経験上、心の声を聞くことも、漏らすことも、通常はしない。卓と愛良の場合は俊ほどの技術がないため、近くにいる人の心の声を聞いてしまう。兄妹故に同調しやすいのだろう。油断すると肉声か心の声かわからなくなるほどだ。小さい頃は、よくそれで喧嘩をした。

「朝ご飯、出来てるぞ」
「「はぁい」」

 兄と妹は顔を見合わせ、観念して父親と食事をとることにした。



 母特製の野菜ジュースと、玄米入りご飯。厳選の焼き鮭。青菜の和え物。同じく厳選素材お味噌汁。
 朝から手抜きしない母のしっかり朝ご飯。これがプロボクサー真壁俊を支えてきた妻の食事だ。
 当たり前のように食べてきたが、この歳になると母の大変さがわかる。この手間が母の愛情そのものなのだと。

「……ねえ」

 恐る恐る。緑茶をすする父に卓が声をかけた時、隣の愛良はびっくりと毛を逆立てた。やめておけ、と念を送るが卓は意を決して父を見た。長男たるもの、いつかは父の存在を乗り越えねばならない。

「何で喧嘩したの?」

 ぎゃあ〜とかばかー!とか、愛良の悲鳴が脳裏に響くが、もう後には引けない。
 子供が口を出すことじゃない、と一喝されるかと思いきや、俊は一度何か口にしかけ、それから口をつぐんだ。両手で包んだ温もりは、蘭世と揃いの夫婦茶碗。
 卓と愛良は、居住まいを正して俊が話始めるのを待った。怒鳴られると思っていたので、意外なことに内心かなりドキドキしている。

(いつもと感じが違うよ? 離婚するとか言わないよね?)
(まさか!)

「朝から煩くして悪かった」

(お父さんが謝るとかおかしいって〜〜! どうしよう!? おにいちゃぁん!)
(お前うるさい!)

「喧嘩の理由は、お父さんとお母さんのことだから、お前たちが気にすることはない」
「だけどっ!」

 今更引き下がれるか、と卓が椅子から半分立ち上がるのを、俊は穏やかに制した。

「覚えてないだろうなぁ。卓がこんくらいの頃、同じこと言われた」

 テーブルよりも低い所を、俊の手が示す。

「あたしは?」
「愛良はまだ産まれてなかったかな」

 切っ先を制されて、ばつ悪く座り直しながら、やや不貞腐れて卓は「おれ、何て言ったの?」と問うた。

「“お母さんをいじめるお父さんは悪いやつだ”って。買ってやったばかりの仮面ライダーベルトしてかかってきた」

 当時のことを思い出したのだろう。笑う俊の顔が急に老けたように見えた。

「子供は母親の味方だよなぁ」

 この呟きは、肉声だったのか、心の声だったのか、いまいち判然としない。

「まあ、とにかく」

 涙目の愛良の頭を優しく撫でて、俊はよいしょと席を立つ。

「お前たちが心配するようなことにはならないから。昼はピザでも頼んどけ」

 口止め料だろうか。テーブルの上には一万円紙幣。お昼代には多すぎる。

「食器片付けとけよ」

 日頃お目にかからない一万円札に浮き足立つ子供たちに釘をさして、父は母を迎えに出ていった。


「結局、喧嘩の理由はなんだったんだろ?」

 二人仲良く台所に立ちながら、体よくはぐらかされたと首をかしげる。
 喧嘩の理由が知りたいのではなく、仲直りをしてくれさえすればそれでいいのだから、父が母を迎えにいった今、喧嘩の理由などはどうでもいいのだが、気にならないと言えば嘘になる。
 さあ? と肩を竦めて、借用していた母親のエプロンを外した卓は、目線の先にカレンダーを見つけて納得した。

「なになに?」

 尋ねた愛良もすぐに理解する。
 台所のカレンダーにはピンクのペンで、今日の日付に大きなハートマークがついていた。

「「結婚記念日、忘れたんだ」」


20130526

真壁夫妻の結婚記念日はいつなんだろう?
新学期が始まる前ですよね。
時期違いですが、他に蘭世と俊が喧嘩をする理由が思い付きませんでした。
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