◆ときめきトゥナイト

□ときめき お題外
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意地悪


 夏も終わりだというのに、相変わらず蝉は煩く、アスファルトを焼く程に容赦なく日光は降り注ぐ。病室の控えめなエアコンでは、暖められたコンクリートを冷やすには役不足で、首の後ろはいまだじっとりと汗で濡れていた。
 だからだろうか、なんとなく、意地の悪い気分になったのは。

「こいつ、お前のこと本気みたいだな」

 視線の先で眠っているのは、脳震盪を起こして倒れた話題のルーキー。
 アイドルなんて透かした嫌味な奴だと思っていたが、話してみたらいいやつだった。出会い方が違ったら、多分友達になれてた。
 嫌いじゃない。だから、よけいにざわつくのだ。

「考えてやれよ。悪いやつじゃないぜ」

 野郎に対する応援と、意地悪と、どちらがより強い気持ちで胸を占めていたのか。
 言っている途中で、嫌な予感はしたんだ。視界の隅で、案の定彼女は泣き出していた。

「どうして、そんないじわるを言うの?」

 ぱらぱらと大きな瞳から白い頬を伝って落ちる、透明なしずくは綺麗だと思った。
 赤く染まった、白い肌も。

「な、泣き虫なのは、真壁くんのせいなんだからねっ」

 今までにも、何度か泣き顔は見たことがあった。
 その度俊は形容しがたい感覚に囚われる。首の後ろが、ぴりぴりと逆立つような、背中の筋肉がぞくりと震えるような。
 この感覚はなんだろう? 胸の中に沸き起こる、この感情は?

 くっ、と喉の下の方に競り上がる笑みを飲み下し、殊更に無表情を装って、ぶっきらぼうに言い放つ。

「ったく、お前の泣き虫をおれのせいにされたんじゃ堪らないぜ」

 嘘だ。本当は泣かせたい。その泣き顔を見ていたい。綺麗なしずくをすくって、すべらかなまあるい頬に触れてみたい。

 けれど

 伸ばしかけた手を止めたのは、ベットに横たわる人物の、先程までと変わった呼吸のリズムに気付いたからだ。

「ハンカチがねぇからこれで拭け」

 病院のカーテンだから、多分きれいだ。
 差し出した途端に、蘭世はぶーっと吹き出した。涙なんか、乾いちゃったよと笑う。

「泣いたり笑ったり、忙しい奴だな」
「真壁くんのせいですーっ」

 小さく舌を出す顔も、泣き顔も笑い顔も、全部自分にだけ見せればいいのに。

「ったく、帰るぞ」

 踵を返す俊に蘭世はぴったりついてくる。雛が親鳥についてくるように。
 病室を後にするとき、俊はちらりと狸寝入りをしている病室の主を振り返った。それから、蘭世を見る。
 卵から孵った雛が、最初に見た者をしか見ないように、彼女は自分しか見ていない。それを確認するかのように。
 突き放しても、酷い言葉で傷付けても、彼女は自分を好きだと言う。俊の言葉で泣き、俊の言葉で笑う。
 そんな蘭世を見て、俊は安心する。心に空いた穴を埋めようとする。
 心に空いた穴は、埋めてもちょっとしたことですぐに破れてしまうから、また穴を埋めようとして、俊は蘭世を泣かすのだ。
 心の穴が、すっかり埋まり尽くすまで。


20120703
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