◆ときめきトゥナイト

□ときめき お題外
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スポーツの秋

 3階級制覇、元ミドル級ワールドチャンピオン真壁俊が所属する星ヶ丘ジムは、地域密着型の開かれたジムを目指している。為に毎年、鏡開きに始まり、春は花見の焚き出し、夏は盆祭にわたあめ屋台を出店し、秋はミニ運動会とビンゴゲームを開催する。
 久々にでた世界チャンピオンがいるといえだけでも、十分な話題性があるのに、そのチャンピオンが飛び切りの美男となれば、男女を問わず人を呼ぶ。特にミーハーな奥様方には真壁俊は異様な人気があり、季節ごとの催しは、この辺りで一番の賑わうイベント事だった。
 人前に出ることを嫌うチャンピオンを宥め騙し、わざわざスケジュールを調節してまでジム側は毎回俊を接客に借り出す。彼がいるといないとでは、集客が全く違うからだ。
 最近は、女性のダイエット目的のボクササイズも定着し、同じ敷地内で鏡越しの真壁俊が拝めるとあって、女性受講者が他のボクシングジムに比べて段違いに多い。
 真壁俊効果は、確実にジムの経営に大きな効果をもたらしていた。



 近隣の小学校で、運動会も終わった10月のとある土曜日。
 星ヶ丘商店街は歩行者天国になる。人々が群がり、小さな紙切れ片手に一喜一憂している。
 その人の群れの中に、一際目立つ男女が一組。
 本来であれば、主催者側に立ち、司会進行を手伝うべき二人だが、今日は特別客に混じってビンコゲームに興じている。

「きゃあ! リーチ、リーチよ、あなた!」

 ハンドバックを肘にかけ、その肘を隣の背の高い男性の腕に絡めて、ハイヒールをものともせずにぴょんぴょんと子供のようにはしゃぐ。

「一等はなんだっけ? ゲーム機? わたし2等のコシヒカリ10キロがほしい!」

 組んだ腕にもう片方の手を添えて、ねだるようにきらきら光る眼差しを向ける妻に、真壁俊はうろんげな視線を向けた。

 いったい何を言い出すのだろう。まさか衆人監視のこの中で、能力を振るえとでも言うのだろうか。さらには、主婦として、日用品を欲しがるのはわかるにしても、やはり自分の稼ぎが悪いようで、軽く傷つく。

 いかに恋女房の望みでも、聞けることと聞けないことがある。
 勝負事のいかさまは、聞けないことの最たるものだ。

『27です! ビンゴの方、いらっしゃいますかー?』

 拡声器からの声に、会場からは歓声と落胆の声が上がる。
 そして、声は俊の横でも上がった。

「あ!」
「あ?」

 蘭世は俊を見上げ、二回瞬きをすると、信じられないものでも見たように半笑いで呟いた。

「当たっ、た…」



 かくして、真壁家に今流行りのWiiがやってきた。
 ゲームなどやったこともない俊と蘭世。宝の持ち腐れとはよく言ったもので、余程半泣きの小学生に譲ってこようかと思ったのだが、その場にいる全ての子供に与えるのではない以上、羨望の眼差しを背中に受けながらゲーム機を自宅に持ち帰ったのである。

「緋生くんとか千綺くんがやりにくるかもしれないし、それにほら、これなんかねねちゃんでも遊べそうよ?」

 付属ソフトの説明を読みながら、蘭世はゲームをリビングのテレビに繋いだ。端子をテレビに付けるだけなので、ゲーム初心者の機械音痴でもなんとかなりそうだ。

「ふぅん」

 テレビCMで見た事のあるゲームだから、何が出来るのかくらいさすがの俊でも知っている。知ってはいても、もとよりからだを鍛えるのが仕事のスポーツ選手。わざわざゲームで運動する意味がわからない。妻が何を言おうとも、一向に興味を示さなかった。

 そしてそのまま、テレビ前の置物として、Wiiは数週間放置された。



 ――11月のとある昼下がり。

 一通りの家事が終わり、一息着いていた蘭世は、なんとはなしにテレビを付けて、ふとわが家のWiiに気がついた。

(そういえば、一度も付けてないわね…)

 話によると、自分そっくりのキャラクターを作れるらしい。

(蘭世と俊、なんてね

 電源を付けてみれば、キャラ作りもなかなかに楽しい。

(美しいボディライン作りに効果的、かぁ)

 20代の頃から大きくサイズは変わっていないとは言え、寄る年月には敵わない。自分では、ラインの緩みが気になっていた。

(よしっ)

 まず、ヨガを始めた。
 やってみれば面白く、他の有酸素運動やバランスゲームにもはまる。
 いつの間にか、家事の合間にWiiをつけて運動するのが、蘭世の日課となっていた。




「真壁ラッシュ! チャンピオン真壁の猛攻に挑戦者防戦一方! あーっと、真壁カウンターを食らいました! 足に来たか? 立てません! カウントー。立て、立ってくれまかべー!」

 リビングから漏れ聞こえる弾んだ声に、俊は眉を寄せた。
 試合のビデオでも見てるのだろうか? それにしては、アナウンスの内容が記憶にある防衛戦と符合しない。

「立った! チャンピオン真壁、立ちましたー!」
「?」

 こっそりリビングに近付き、中の様子を伺った俊は言葉を失った。
 リビングでは、いつか見たように、ポニーテールにヘアバンドで前髪を止めたスウェット姿の蘭世がいたのだから。
 見よう見真似のファイティングポーズはなかなか堂に入っており、ちょこまかと拳を突き出す姿はかわいらしくて笑みを誘う。

「チャンピオンの右ストレート! 挑戦者ダウン! 1.2.3.……10!! 勝ちました! 真壁防衛達成です!」

 はぁはぁと息を弾ませ、両手を突き出し勝利のポーズ。
 そこでようやく蘭世は、リビングの入口でドア枠にもたれて立っている俊に気がついた。

「あっ、あなた!? やだっ、見てたの?」

 上気した頬に、羞恥のための朱色が注す。

「女チャンピオンを目指すのか?」
「違うわよ。もうっ、声をかけてくれたらよかったのにぃ〜」

 はい、と持っていたヌンチャクのようなリモコンを手渡す。

「なんだ?」
「やってみない? ボクシング」
「ゲームだろ?」

 鼻で笑った俊に、蘭世はチチチと指を揺らす。

「なかなか難しいんだ、これが。勝ち進むと相手がゾンビのように向かってくるから疲れるわよ」
「………」

 俊の感覚では、ゲームとは疲れるためにするものではないような気がする。

「あ、なんなら対戦する?」
「ボクシングで?」

 腐ってもチャンピオン。ゲームだろうがボクシングと名の付くものにはプライドがある。

「あ、負けるのが怖いんだ〜」

 妻とは言え挑戦され、馬鹿にされては名が廃る。
 と、言うわけで、俊はまんまと挑発に乗った。



 
―…結果



「きゃー! 勝った勝ったー!」

 ゲームは経験値が物を言う。
 未だ携帯すら使いこなせない真壁俊。手足を床につけてがっくりと首をうなだれた。


蛇足だが、ことし5歳の孫が遊びに来た際も、俊のゲーム音痴振りは遺憾無く発揮され、目に入れても痛くないほどの孫の頼みでさえ、二度と俊はコントローラーを握らなかった…



2009.11.16

【あとがき】
実際、Wii−Fitのボクシングで「チャンピオン真壁ごっこ」をやったのは、わたしだけではないはずだ。
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