◆ときめきトゥナイト

□ときめきお題
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夜の自警団さんへ 復活お祝いSS
11. 跳ね上がった心で気付いた -俊


 冬休み初日の夜。火事から着の身着のまま飛び出して来たかのような格好で、彼女はそこに立っていた。
 訪ねて来た時間、コートは疎か靴すらはいていない凍えた少女、なによりその怯えた瞳。
 俊はすぐに異常さに気付いた。気付かないほうがどうかしている。
 声もなく見詰める俊より、訪ねて来た蘭世のほうが先に我に返ったようだ。
 取り繕うように言葉を並べ、いかにも取って付けた様にクリスマス会に招待すると無理矢理に笑う。

「え〜? おれ、明日もジムがあるし…」

 参加したい反面、クリスマス会なんて柄じゃないと尻込みする自分がいる。なんやかんやと理由を見つけて、すぐさま頷いてやることが出来ない。

「終わってからでいいから!」

 躊躇する俊の手を掴み――縋り懇願する少女の手は、凍り付くほどに冷たい。
 驚く俊に、ごまかすように言葉を続ける。

「い、従兄弟とふたりっきりで…、さ、寂しくて…」

 聞いたのは言葉の表面だけ。俊は深く考えることをしない。だから、

「ガキかよ」

 と呆れ笑った。
 しかしすぐに、彼女のあまりの必死さに表情を改めた。彼女の瞳を覆う怯えの色に。

「…わかった」

 ほっと安堵の息を吐く蘭世に、俊もまた体の力を抜く。

「送ってく」
「い、いいよ。もう遅いし」

 遅いからこそ、こんな時間にこんな格好の女の子ひとりで歩かせられないのだが、14歳の少年にそこまで気を回せというのも無理な話かもしれない。俊自身、夜の時分に外を出歩くことを禁じられた子供の身だ。
 俊が出来たのは、自分の上着と靴を凍えた少女に貸してやることだけ。
 嬉しそうに笑い、手を振り何度も振り返る蘭世に、はやく行けと苦笑いを浮かべながら手を振り返す。
 蘭世がアパートの玄関から見えなくなると、俊は部屋に引っ込んだ。自室の扉を背中で押さえると、だだっとベットにダイブする。
 夜、母親のいない家に、彼女を上げなかったのは正しかったのか否か?
 自分のことを好きだと公言して憚らない彼女。
 彼女のおかげで目立つのが恥ずかしく、綺麗な転校生にまっすぐな好意をぶつけられることもまた恥ずかしかった。
 でも、悪い気はしない。
 俊とて男だ。綺麗な女の子に好意を持たれるのは嬉しい。
 でもそれを素直に認めてしまうのも、なんだか恥ずかしいような、癪な気がした。
 ぐるりと寝返りをうち、天井を見上げる。

「明日、明日か…」

 急な話でプレゼントなんか用意できない。金も時間もない。
 これについては話を振って来たほうに責任があるとして、考えないことにする。
 古びた天井に先程の蘭世の顔が浮かんで見えて、俊はがばりと起き上がった。

「あいつがあんな顔であんなこというから、仕方なく、だな…」

 ベットの上に胡座をかき、壁に向かって必死に言い訳をしている。そんな自分が急に恥ずかしくなって来た。
 ぽり、と頬を引っ掻く。

「寝よ…」

 布団に潜り込み、直ぐさま布団をはねのけて部屋を飛び出す。行き先は風呂場。上がり次第、ズボンと靴下も、穴の空いていない綺麗なやつを探さねばならない。
 忙しい夜になりそうだった。



 明けて、その日は朝から妙にそわそわ落ち着かず、ジムでも指摘を受けた。
 いつものように張り付いている幼なじみには、つい馬鹿正直にクリスマス会のことを伝えてしまったが、向こうにも従兄弟が来ているというし、下手に二人きりになるより気が楽でいい。
 神谷曜子が声をかけると、暇を持て余していたクラスメイトが数人すぐさま集まった。これは神谷の人徳か、はたまた蘭世の人気なのか。おそらく後者であろう。
 以前も一度訪ねたことがあるが、江藤邸は相変わらずの門構えで入るのを躊躇する。俊一人なら5分は逡巡したに違いないが、共を従えた神谷曜子はずんずん進んでいく。

「いらっしゃい! 真壁く〜…ん?」

 迎えた蘭世は想定外の人数に大袈裟にこけた。
 蘭世の後ろから顔を出したのは、以前いきなりジムを訪ねてきて、俊を指差しスパーリングを希望した青瓢箪。世間は狭いものだと、俊は曜子と顔を見合わせ笑った。

「え〜、ケーキは小さいですが、楽しく行きましょう」

 ホストの挨拶でクリスマス会は始まった。親が留守だと聞けば羽目を外して騒ぐ。どこから出して来たのか、どさくさ間際に持ち込んだのかは知らないが、卓上にはシャンパンまでもが並ぶ始末だ。
 俊は、喧嘩はするが「買い」専門だし、酒、タバコ、無免許運転等のやんちゃはやらない。アルコールが手元に回ってきたときは、流石に顔色を変えた。

「おいっ、酒は…っ」

 ぱしゃりと水がしぶく音。続いた甲高い破砕音に全員が息を飲んだ。

「あ、あんたが悪いんだからねっ」

 どうやら曜子が蘭世にシャンパンをかけたらしいが、曜子の様子からして事故であるらしい。素直に謝ればよいものを、とその場にいた全員が内心で溜息をつく。
 酒を被った蘭世の目は座っている。

「な、なによ。わざとじゃないでしょ」

 これから始まるであろう乱闘騒ぎに、それぞれが皿とグラス片手に二人のそばをそそくさと離れていく。その中で、ひとり。

(なんだ?)

 蘭世の従兄弟と紹介された少年が、ニヤリと勝ち誇った顔で一瞬俊を見た。白い腕が延びて、蘭世の頭を抱き寄せる。

(何…?)

 とろりと焦点を失った瞳が少年を見上げる。昨夜は怯え、俊を縋るように見上げていた、その瞳で。

「…あろ、ん」

 呂律が廻っていない。酒に酔ったにしても様子がおかしい。
 抱き寄せられるままに蘭世はアロンと呼ばれた少年の肩に頭を預け、吐息を吐くように囁いた。
 はっきり聞こえたわけではない。けれど彼女の唇は、確かに「はやくふたりきりになりたい」とつぶやいた。
 俊の体を電流が駆け抜け、同時に胃の腑が鷲掴まれたような不快感を覚える。
 少年である俊は、その感覚をなんと言い表すのか知らない。ただ、不快感だけが苛立ちとして形を成す。

「お客様の前だよ?」
「きゃく…」

 どろりと蘭世が俊を見る。光の宿らない瞳。俊を向いているようで見てはいない。

「ばいばい」

 これには流石に全員が鼻白む。お開きにするにしてももうすこし言いようがあるだろう。気使い屋の蘭世らしくない。

「江藤、おまえ…」

 おかしい。これは江藤じゃない。

 俊は蘭世の後ろに立つ少年を睨みつけた。少年はふふんと鼻を鳴らす。勝ち誇った、人を小ばかにした笑み。

(こいつっ!)

 拳を握りしめ、一歩足を踏み出しかけた俊の腕に曜子が抱き着いて来た。

「行きましょ俊。邪魔しちゃわるいわ〜」

 なにをこいつは浮かれているのか。様子がおかしいことがわからないのだろうか。

「というわけだから、悪いね。君達」

 蘭世の肩を抱いたまま、従兄弟の少年は俊達に退出を促した。ひとに命令しなれているのだろう。威圧的ではないのに抗いがたい、自然な強制。
 友人が帰る中ひとり残ることがどれだけ不自然なことか考えるまでもない。曜子に引っ張られながら、それでも俊は最後に蘭世を見た。

「江藤、大丈夫か?」

 昨夜の様子はただ事ではなかった。今も普通じゃない。
 俊は期待していた。最後の最後で、蘭世が助けを求めることを、もしくは時分に微笑みかけることを。

 けれど――…

「なんのこと?」

 返ってきたのはひどく冷淡な反応だった。道端の小石でも見たかのような、なんの感情もこもらない一言。
 俊の中で何かが崩れた。

「そうか」

 がっかりした。自分は彼女を買い被っていたのだろうか。
 曜子に引かれていた手を振り解き、自らの意志で玄関へ向かう。
 背中に聞こえてくるのは甘ったるいアロンの声。ヘドが出そうだ。

「真壁君。蘭世、どうしたのかな?」

 誰を心配しているのかは知らないが、心配そうにクラスメイトの小塚かえでが見上げてくる。その視線が妙にいらだたしかった。
 こちらが聞きたい。わかるわけがないではないか。だいたい、何故おれに聞くんだ?
 言いたいことはいくつかあったが、実際口にしたのは一言。

「知るかよ」

 女なんて、結局違う生き物なのだ。
 何を考えているのかなんて、わかるわけがない。

「あーあ、白けちゃったわね。うちで仕切直さない? ね、俊も!」

 曜子に腕を引かれるままに着いていく。見上げた洋館にいるのは、本当に自分の知る彼女なのだろうか。自分を好きだと透明な涙を流した、あの彼女なのだろうか?

「……っから、わかんねぇよ」

 彼がこの日の真相を知るのは、いくつもの試練を乗り越えた何年も先の未来になってからの事。




媚薬騒動の俊サイド。一人称だと説明が難しそうなので三人称にしてみました。
媚薬騒動はもう一話で完結の予定です。アロンの話としてはもう2〜3話続くのかな?
いやしかし、別の相互さんにも送り付けたことがあるのですが、DQオンリーサイトさんにときめきが置いてあるって妙な感じ(;^_^A
お客さん戸惑ってないとよいのですが…
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