◆キリ番の作品

□一万Hit記念部屋
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石焼きいも2
――18歳(後)


 スパークリングワインでほろ酔いの蘭世が、上機嫌で話すのを、俊は時折突っ込みをいれながら聞いている。
 子供の頃はクリスマスなんてなかったから、中学のあのクリスマスパーティが初めてのクリスマスだったのだとか、あの時のプレゼントは本当に嬉しくて涙が出たとか。
 とめどなく話す蘭世に、俊は目を細めて笑う。

「流石に、もうあれはガキ臭いだろ?」
「っ、そんなことないよ! 可愛いもん!」

 一瞬言葉に詰まった辺り、図星らしい。苦笑した俊は、これだけは忘れず用意していたプレゼントを、ついとテーブルに滑らせた。

「え…?」

 蘭世の反応に、今日は驚いてばかりだな、と俊は内心で苦笑する。

「今日は…いつも、だな。サンキュ」
「あ、わたし、クリスマスプレゼントなんて用意してなか…」

 課題、テスト、陽子の短大編入と、考えることが沢山ありすぎて忘れていた。というか、未完成である。

「いいよ。そんなの」

 戸惑う蘭世に俊は肩を竦めて見せる。実際蘭世にはいつも世話になりっぱなしだ。このくらいじゃ足りない。万感尽くしても感謝し足りない。
 でも、と、まだ躊躇している蘭世の前で、俊は小箱を掴んで火燵からでた。向かいに座る蘭世の隣に来て、その手に小箱を握らせる。

「いらないなら、おれの好きにするぞ?」
「いらなくない、いらなくない! すっごく嬉しい!」
「じゃあ、開けてみろ」
「はいぃっ」

 恐喝と取れなくもないやり取りだ。彼等にしてみればリクリエーションに過ぎないのだが。
 リボンを丁寧に取り外し、包装紙を破かないように剥いて綺麗に折り畳む。厚紙の中の布張の箱は、明らかに装飾品の入れ物だ。3年前は玩具屋でも売っていそうなペンダントだったが、今年贈るのは宝飾品店で購入した正真正銘の貴金属。

「きれい…」

 目に涙を浮かべてうっとりと微笑む蘭世に俊は一瞬見とれて、それから彼女の手からプラチナチェーンのネックレスをそっと取り上げる。
 子供っぽいとはいえ、ずっと着けていてくれたのだろう。古ぼけたチェーンを外して、代わりに新しいネックレスを細い首に飾った。
 月の光を集めて出来ているかのような、淡く輝きを放つムーンストーンが、白い肌の上で揺れる。

「えへへ、どう?」
「いいんじゃねぇ?」

 正直なところ、店員に相談なんてこっ恥ずかしくて出来ないし、誕生石なんかわからない。なにより、資金が限られていて、高い石は買えなかった。
 けれどこうして見てみると、乳白色のムーンストーンは、控え目で上品で、蘭世によく似合っている。
 そっけない振りを装ってはみたが、ぞくりと背中が震えるほどに魅せられた。

「ありがと。真壁くん」
「ん?」

 蘭世に見とれて反応が遅れたなんて、死んでも言えない。でもだからこそ、不意打ちを喰らったのだし、新鮮な感動を得ることが出来たのだ。

「おま…」

 頬に一瞬触れて、直ぐに離れた柔らかい感触と甘い香に、頭がくらくらする。
 俊にこんな大ダメージを与えた犯人は、目許を微かに赤く染めて悪戯っぽく笑っている。

「お返し」

 仕返し、の間違いではなかろうか。

「足りない」
「え…っ」

 抗議も悲鳴も聞かない。噛み付くように口付けて俊は蘭世を畳に縫い付けた。



 こんなことをするために部屋にあげたんじゃない。とはいえ、この状況を恐れたからこそ、今まで彼女を部屋にあげなかったのも事実だ。
 責任を負える立場になるまで、せめて将来云々を言えるようになるまでは、無責任な行動は取りたくなかった。大切な彼女だからこそ、一時の感情に流されるような結果にだけはしたくなかった。
 筈なのだが。

 薄いカーテンから月明かりが透けて、暗い室内を照らしている。
 何度も口付けて、口付けの合間に蘭世が囁く言葉に応えてまた口付ける。

 好きだよ

 ずっと言えなかった言葉。
 瞬間、大きく見張られた目が優しく綻び、透明な涙を流しても、彼女の幸福そうな笑みを曇らせることはない。
 こんな笑顔を見せてくれるなら、照れずに素直に言えばよかった。

 大好き

 言われるたびにくすぐったいような、甘い喜びが胸を満たしたように、思いを伝えることは自分の心さえ満たしてくれる。

 ああ、だからお前は

 ぶっきらぼうに顔を背けるだけの自分に「好き」と伝えるだけで、あんなにも満ち足りた表情をしていたのか。

 キスだけじゃ足りない。言葉だけじゃ足りない。
 体中が君を好きだと叫んでる。
 ぎゅっと抱きしめた体は細くて、柔らかくて、甘い。もう理性がどこかに吹っ飛びそうだ。

「江藤…」

 ここから先は全くの未知の世界。水着姿なら見たことはあるが、あれは健全な太陽の下での出来事。まして触れたことなどあるはずもない。
 許しを求めるように呼ぶと、彼女は少し不満そうに唇を尖らせた。
 言わんとするところを理解して、ふっと笑う。

「蘭世」

 きっと、今の俊には言えない言葉なんか何一つない。

「蘭世、愛してる」

 俊の言葉のひとつひとつに、指先の些細な動きに、蘭世は過敏に反応する。感動屋の彼女のこと、この言葉だけで失神してしまってもおかしくはない。

「わた、しも……しゅん…」

 照れたように笑った目尻から涙が零れて、その瞬間に、俊の理性は木っ端みじんに砕け散った。
 緊張して指先は震えてるのに、意外に器用に片手だけで女物の小さな釦を外していく。
 ブラウスの最後の釦に指をかけたその時、月が陰った。

「いーしやーきーいもーやーきいも」

 雲が月も星もなにもかもを隠して、互いの姿も見失う。

「やーきたてーのおいもだよ〜」

 焼き芋屋のトラックが遠ざかるとともに、雲間に消えた月が再び部屋を照らし出す。
 開けたブラウスを押さえて正座した蘭世と向かい合いながら、互いに目を合わすことが出来ない。

「…帰ろう、かな?」
「そうだな。…もう、遅いし。送ってく」

 もそもそと釦を止めて、衣服を正す蘭世に、昔プレゼントしたペンダントを箱に入れて差し出す。

「ありが…っとアリ?」

 蘭世の手に渡る直前に、ひょいと俊は箱をジャケットのポケットにいれてしまった。

「ちょっと真壁くん?」
「やっぱやめた」
「はい? なんで?」

 眉をひそめる蘭世に、俊も鼻の頭にシワを寄せて答える。

「だってお前、コレ、他の女にやりそうな気がする」
「何それ!? そんな事、する訳無いじゃない!」
「いや、する」

 断言されて蘭世は憤慨したが、明らかにムキになっている――拗ねているとも言う――俊に、大人の対応をすることに決めたようだ。

「しないよ。約束する」

 真面目な瞳にひたりと見詰められて、俊も折れる。約束だぞ、と念を押して、箱を蘭世に返した。

「じゃ、改めて送ってく」

 大切そうに箱をしまい込んで、蘭世はにこりと頷いた。



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