OTER

□道は多分続いてく
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1.道を歩けば蚯蚓にあたる


 エルフの集落を出て、長に言われた通り人里を目指した。
 お金も装備も用意されてて、追い出し準備は万全だったってわけね。
 わたしはエルフと人間の合いの子。ハーフエルフ。所謂、異端だ。
 別に不自由なく育ってきたし、今まで育ててくれた親には感謝してる。でも、結局母さんも、わたしが集落を出ることを止めなかったな。まるでそれが当然みたいに。
 ま、いいけど。
 森を出たら一本道で、真っすぐ行くと大きな人里に出るなんて言われたけど…

 どういうわけ?

 私の目の前には、十字路があった。

 多分、まっすぐいけばいいんだろうとは思う。
 思うのだが…

 もし、目的の場所に着かなかったら?
 もし、野党や、魔物に襲われたら?
 一人で集落を出て来たくらいだから、勿論腕に覚えはあった。でも自分が、井の中の蛙だってこともわかってる。
 実戦だってそうそう経験しちゃいない。
 複数の敵に囲まれたら、突破できる自信はあまりなかった。
 手持ちの食料だって、数日分しか持ってきていないのだ。迷子になんか、断じてなるわけには行かなかった。



 分かれ道でしばし考え込んでいると、ぽつり、ぽつりと、雨が降ってくる。

「さっきまで晴れてたじゃないのよ!」

 なに、あれ…
 気まぐれな天気に悪態を着いてた私は、右の道から黄色い物体が近付いて来ているのに気が付いた。
 それが雨合羽を着た小さな人だと判ったときには、わたしはずぶ濡れになっていたのだけれど。


 黄色い雨合羽はレストと名乗った。
 大地母神に仕える神官で、知人を訪ねて太陽都市アポロンまで行くという。

「私は、エアリエル。私もアポロンへ行くのよ」
「それは奇遇ですね」
「よかったら一緒に行きましょう?」
「よろこんで」

 雨合羽から覗く笑顔は思いの外幼い。
 見ず知らずの人間を単に信用していいのかって?
 だって、黄色い雨合羽を着た小さい女の子よ?
 確かに、怪しいといえばとことん怪しいけど、危険な人物だとは思わないでしょう?
 自己紹介を済ませて歩き始めようとしたところへ、別の道からまたまた小さな人影が近付いて来た。

「こんな急な雨に降られるなんて、これはきっと肉眼では捕らえられない双子星の片割れが燃え尽きた影響に違いない! いやいや、もしくは一万年前に滅んだゲイルダー帝国の皇帝の呪いかはたまた僕が昨日踏ん付けたカエルの祟り!?」

 最後の、やけにスケール小さいな…
 小さなその人影は、私達のいる十字路までやってくると、真ん丸い目をきゅっと細めて人懐っこい笑みを浮かべた。
 グラスランナーだ。

「やあ」

 笑顔のグラスランナーだけは信用するな。それが森を出る前に口煩く言われたことのひとつ。

「きみたちはシルケットにフュリーじゃないか。ぼくを探しに来たんだろうけど僕はもう帰らないと決めたんだよ。残念だけど二人で帰ってくれないか。僕には世界を救うという使命がっっ!?」

 うわっ!?
 いきなりわけのわからないことを話始めたグラスランナーに苛々し始めた頃、隣のてるてる坊主が不意に動いた。グラスランナーの首を、絞めたのだ。それも、どうやら力いっぱい。
 見えなかった…

「なーにーをー、わけ解んない事言ってるんですかー」
「きゅう」
「いや、あの。ぶらんぶらんしてるし。てか、白目剥いてるし。やばくない?」
「はっ! やだっ、あたしったら!」

 レストは顔を赤くして、グラスランナーを掴んでいた手を離した。
 どさりと地面に落ちたグラスランナーは、くたりとその場で動かなくなる。
 ……み、見なかったことにしよう。

「エアリエルさんは、アポロンへはなにしに?」
「へ? ああ、えーと。傭兵ギルドに登録するの。こんな成りだからね」

 半端者が真っ当に生きていくのは難しい。森を出て一人で生きていくには、傭兵になるしかなかった。というか、それが一番手っ取り早くて健全だと思った。
 わたしの発言をどう解釈したのか、レストは小首を傾げた。こんな仕種を見て、とても先ほど首を絞めた人物と同一人物とは思えない。

「なるほど。アポロンで勇者を目指すんだね?」
「うわっ?」

 いつの間に復活した? いつからそこにいた?
 全く気付かなかったのだけど、先程のグラスランナーが、なんでもない顔で横を歩いていた。

「そういうことなら僕も同行しよう」
「は?」
「アポロンに行くんだろ? なら目的地は一緒だ。僕はシルヴィ。大船に乗ったつもりで着いてきたまえ!」

 ええと…
 グラスランナーにそんなこと言われてもなぁ…

「うん。まぁ、よろしく」

 差し出した手を、シルヴィはにっこりと小さなまるっちぃ手で握り返した。




 で、ひょんなことから三人になった旅は、初っ端からケチがついた。
 何分も歩かないうちに、わたしたちの行く手をでっかいミミズが塞いだのだ。
 突如盛り上がった地面から、二匹の手足の無い長い気持ち悪いのが現れた。うん。見た事無い。ミミズに違いない!
 迷わず回れ右して逃げ出そうとしたシルヴィの首根っこを捕まえる。大船に乗ったつもりで任せろっつったのはどこのどいつだ。

「アポロンにはここを通らなきゃ行けないんだから。それにどうせ逃げられやしないわよ」

 隣では、レインコートを脱いだレストが片手剣を抜いている。手ほどきは受けているようだが、どうにか様になっていますという程度で、お世辞にも強そうには見えない。
 一番に逃げ出そうとした奴は言うに及ばず。
 ここは、わたしがしっかりしなくちゃ…!
 レスト同様、いやそれ以上に、わたしは武器の扱いには馴れていない。その代わり、神官の彼女よりわたしのほうが攻撃手段を持っているはずだ。
 なにも剣で撲るだけが戦い方じゃ無い。
 野性の動物は、余程の事がないかぎり命をなくすまでかかっては来ない。敵わないとわかれば逃げるはずだ。

「光の精霊ウィル・オ・ウィプス。漂う者よ」

 意識を集中して、異界へ呼び掛ける。まだまだ駆け出しの精霊使いであるわたしが精霊自体を呼び出す為には、最大まで魔力を高めて、ここではない世界に向けて呼び掛けなければならない。これがなかなか疲れる。立て続けに何度も精霊に干渉するのは体力的に厳しい。
 召喚したウィプスに指示してでっかいみみずにぶつけるのにも集中力がいるのだよ。なのにこいつは…っ!

「月からの侵略者だー! さーらーわーれーるー」

 ちびっこい針みたいなダガーを振り回してみみずにちょっかいかけてるグラスランナーが邪魔!!

「シルヴィさん、あぶなーい」

 ぶぅん! どがっと音だけは威勢のいい振りで、レストのブロードソードが踏み固められた大地を穿つ。
 そんなこんなで、わたしたちはお日様が西に傾くまででっかいみみずに翻弄された。
 お日様が沈んで寒くなったからか、食べられない獲物に飽きたのか、みみずが出て着たときと同じ様に地面に潜っていったときには、わたしたちはもうとにかくくたくたのへれへろになっていた。

 後になって思ったんだけど、無理に倒そうとしないで、脅かしてわたしたちが逃げればよかったんじゃない?
 べつに、わたしたちはどうしつもあれを倒さなきゃいけないってわけじゃなかったんだから。

 そのことに気付いたのは、予定通りに進まなかった旅程に、旅籠のベットでクサクサしている時だった……


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