◆キリ番の作品
□ときめきのキリリク
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人気者の君に妬く
――――――――蘭世2
最近よく、真壁くんが人に囲まれて笑っている姿を見掛ける。
人目を引き付ける彼の事、彼が拒絶さえしなかったら、彼は人気者になる要素を持っているんだ。
よかった、と思う半面、あの笑顔が自分じゃない誰かに向けられてる事が、悔しい、ていうか…
なんで、そんな事思うんだろ。
そうしてほしいと望んだのはわたしなのに。
真壁くんは、わたしのお願いを聞いてくれただけなのに。
な、んだか…
つまらない、な…
「らーんぜちゃん! まだ残ってたんだ。なにしてんのー? あ、日誌かぁ」
後ろから抱き着かれても、今日はなんだかどうでもいいの。
「どした? 冴えない顔して」
梢ちゃんは、わたしの前に回り込んで、椅子の背もたれをお腹に抱えるように座る。スカートの中、見えるよ…ああ、スパッツはいてるのね。
「熱は…ないなぁ」
…うん。ないよ。ないない。
「あ、わかった。真壁だ」
目の前で梢ちゃんはにんまりと笑った。
うう、なんでわかるの〜
「わかりやすいからね。蘭世ちゃんは」
「さ、さいですか…」
ふふんと笑って、梢ちゃんは身を乗り出してくる。おでこが触れるほど近くで、顔をのぞきこまれた。
「真壁、最近クラスの子達とよく喋ってるよね」
うん。そだね。
そして梢ちゃん。いつの間にか真壁くんを呼び捨てだね。
「こないだも、自販機の前でナンパされてたよ」
「うそっ!?」
「ほんとほんと」
目の前が、真っ暗になった気がした。
だ、って…
そんな話、わたし、聞いてな…い…
「あ、真壁だ」
教室の窓から真壁くんか見える。数人の女の子に囲まれて、何か話してる。
やだ。
やだよ。
気持ち、悪い…
「おぉーい。蘭世ちゃん聞いて、る…。ち、ちょっと大丈夫!? 顔白いよ!」
体が震える。
奥歯がカチカチ言うのを梢ちゃんに悟られない為に、ぎゅっと歯を食いしばった。
「蘭世ちゃん!」
白くなるほどにぎりしめていた両手を、ぎゅっと梢ちゃんが上から掴んでくれた。ゆっくりと組み合わせた指を剥がされて、かわりに梢ちゃんと手を繋いだ。
「大丈夫だよ」
囁くように、優しく。
「帰りにお茶していこうよ」
「校則違反だよ」
「そんなの。酒や煙草やるわけじゃなし。問題ないない」
くす
神谷さんと、同じ事言うのね。
「日誌、書いちゃうね」
「うん。待ってる」
にぱっと笑った梢ちゃんにつられて、わたしも笑った。
わたしのほうがふたつも年上なのに、梢ちゃんはお姉さんみたい。
いつも、元気をくれるね。
ありがと。
気持ち悪いのも、体の震えも、いつの間にか収まっていた。
わたしが日誌を書いている間も、職員室に届けに行くときも、梢ちゃんは黙ってそばについててくれた。
友達って、ありがたいな。
「シャンプーなに使ってる?」
「椿油入ってるやつ」
「うぇ、なんかおばーちゃんくさいよぉ」
「なんだとぉ」
くすくす笑いあいながら、他愛のない話をしていた。
「ポルンのケーキセットがね、新しくなってたよ」
「どこ?」
「パン屋の隣のさ、花壇がかわいいお店」
「ああ。あそこか…」
あ
「どうしたの? あ…」
俯いてしまったわたしの隣で、梢ちゃんも足を止めた。
「よう」
真壁くんのまわりには、テニス部の女の子が三人いて、明らかにこっちを睨んでくる子もいる。
「帰りか?」
「う、うん。真壁くんは?」
「雑用を頼まれた」
「雑用?」
「ああ、こいつらに」
くいっと親指で示す先に、あからさまな笑顔の女の子がずい、とわたしと真壁くんの間に入ってきた。
「ボールがフェンスの上の方に引っ掛かっちゃってぇ。困ってたんですよぅ」
「真壁先輩に頼んだんですぅ」
「そしたらOKもらったんでぇ、助かっちゃいましたっ」
「「「ねー」」」
きゃらきゃらとはしゃぐ女の子達。
「そ、そうなんだ」
「そんなわけだ。すぐ終わるから待ってろよ。一緒に帰ろうぜ」
「え、ダメですよぅ。是非お礼させてください!」
一人がぐい、と真壁くんの腕を引っ張った。
嫌だ…
「え、ちょっと」
前までの真壁くんなら、そんなふうに他人に触れさせたりしない。
どうして、気安くそんなことさせるの?
わたしの、前で…
「わ、わたし、寄って行く所が、あるから」
「あ、おいっ?」
真壁くんの顔は見れなかった。
見たく、なかった。
―――――――――俊3
「江と…」
「馬鹿」
目の前で翻った長い髪。追いかけようとしたおれより早く、富樫が動いていた。
短く吐き捨てられ、鳩尾にいっぱつ食らう。
女だてらに結構痛いんだよお前の突きは!
一瞬動きの止まったおれに一瞥くれて、富樫のやつは江藤の後を追った。
「きゃー、真壁先輩! 大丈夫ですか?」
あいつ…
「悪い。別のやつに頼んでくれ」
「えっ、あ、ちょっと」
「そんなー!」
一年坊主の苦情なんか聞いてられるか!
あいつにあんな顔させてまで、やらなきゃいけないことなんか、この世界のどこにもねぇんだ!
暫く走ると、江藤の後ろ姿に追い付いた。
おれの気配に気付いた富樫が振り向く。江藤はこっちを見ない。
「江藤」
ぴくりと一度肩が震えたきり、やはり江藤はおれを見ない。ついでに、寄り添うように江藤の肩に回された富樫の腕が無性にむかつくんだが…
「江藤」
こんな時のこいつが、何を思っているのか。経験上知っている。
おまえが悪いんじゃない。おまえはなんにも悪くなんかない。
「江藤…」
「わたし!」
こちらを見ないまま、腹から絞り出したような決意の声を上げる。そんな決意いらんからこっちを見てくれ。
「わたし、梢ちゃんとお茶して帰るから。き、気にしないでいいよ。あ、気にしないで、ていうのも変な話よね。私たち、付き合ってるとかいうわけでもないし…」
あのなぁ…
尻すぼみに小さくなった台詞に、おれはため息をついていた。
付き合うとか、つきあわないとか。
最近よく出て来る言葉。
そんなんじゃ、ないだろ?
どうすれば伝わる?
どう言えばおまえは安心するんだ?
伝えたいことはあるのに、うまく表現できない。
一度口を開きかけ、やめて。一呼吸して言葉を変えた。
「…じゃあ、おれも一緒にいく。富樫、いいか?」
富樫はおれを真っ正面から見、それから江藤を見て、小さく笑った。
おれに視線を戻した時は、にぃやりと嫌な笑いになっていたけど。
「いいよ」
「梢ちゃん?!」
非難するような驚いた声を上げた江藤を、富樫は下から覗き込む。だから腕をまわすなっちゅーに。
「元凶が来たんだから話あった方がいいよ。あたしは馬に蹴られたくないので帰るね」
「う、えぇぇぇっ?」
「報告は明日聞く」
「や、やだやだ! 梢ちゃん!」
……ちょっと待て、それは、いくらおれでも傷付くぞ?
すれ違い様、富樫の唇が「貸し、な」と動いた。
「サンキュ」
素直に礼を言えば、天然記念物でも見たような顔をしやがる。そんなに意外か? ったく。
「んじゃ!」
ニコっと音がしそうな笑顔で、富樫が手を挙げる。
「ニコっ」だぞ?
おれはとんでもない借りを作ってしまったのではなかろうか…
まあ、この場は考えないでおこう。
今は、こいつの方が重要だ。
居心地悪そうに俯いている江藤の隣にまわる。
近付いただけで、肩を硬直させたのがわかった。だから傷付くって。
「そこ、入らないか?」
江藤達が入ろうとしていた店なのだろう。花壇が綺麗な少女趣味の喫茶店。
「校則違反だけどな」
ぷっ、と江藤が吹いた。
ようやく笑った…
ドアベルを鳴らして入った店内も、やはりオトメチックだ。
「タバコとか、お酒を飲むわけじゃないからいいんだって」
「おれ、もうすぐハタチだけどな」
くすくすと笑い続ける江藤に、おれも微かに笑う。
席に案内されて、メニューを見ながら
「おまえのオゴリな」
「えー?」
「だっておれ、傷付いたから」
「えっ?」
深刻な顔付きになった江藤の額を、こつんと中指で弾く。シワ、よってんぞ。
「おまえが、おれといるのやだなんて言うから」
冗談めかしたオーバーアクションに、江藤はぽかんと口を半開きにしていたが、やがて自分の言動に思い至ったらしく、青くなって、赤くなった。
「や…だってあれは…っうそ! 嘘だよ? やだ。嘘。ごめんなさい! え? 傷付いた…?」
いや、突っ込まないでくれ。恥ずかしいから。
「ごめん」
「どうして…真壁くんが謝るの…?」
運ばれて来た紅茶に視線を落とす。
真正面からこいつを見れなくて。おまえの瞳に映る、やましい自分を見たくなくて。
「女子といると、おまえ、怒るだろ」
「怒ってなんか…」
「ヤキモチ」
「う…」
かちゃかちゃと紅茶を混ぜる江藤に、おれは自然と笑みを漏らしていた。笑ってる場合じゃないんだけど。
「それを、見たかったんだろうな」
他人事のように言って、頭を下げた。
「ごめん」
戸惑う様子が伝わってくる。
おれは、卑怯だな。
おまえの気持ちを知ってて、試すような真似をして。
ヤキモチ焼かれるの、楽しんでたんだ。
たったあれだけで嫉妬するおまえが、かわいくて、いとしくて。
それがおまえをこんなに傷付けるなんて、思わなかったんだ。
だから、ごめん。
ふわりと、髪に柔らかい手が触れた。視界の端に長い髪が揺れて、甘い香が鼻腔をくすぐる。
「わたしが、ヤキモチ焼くのが嬉しいの?」
嬉しいのかと言われたら、嬉しい。
「逆だったら?」
笑みを含んだ囁くような問いかけに、がばりと顔を上げた。
ああ
まったく女ってやつは…
いつの間にか手玉に取られてる。
艶やかに微笑むこいつには、たぶん一生敵わないに違いない。
→続
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お待たせしましたー!(え?待ってない?ガーン)
ジェラシー蘭世ちゃんです。書いてるうちに話があっちこっちいってますが、許してあげて!