◆キリ番の作品

□ときめきのキリリク
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3636キリリク作品

■人気者の君に妬く■


――――――――――俊

 ちらちらとこちらを伺う好機の視線。ひそひそと交わされる会話。
 たまらんな…
 ただでさえ退屈で死にそうだってのに。

 ガタンっ

「じろじろ見るな! おれは見世物じゃねぇっ!」

 きゃあ、と悲鳴を上げて逃げていく女達。でも今の悲鳴、単にびびったっつー感じじゃなかったな?
 ……
 ……
 ふんっ。知るかっ。

 
 鈴世が通う小学校と同じ附属高校に通い出してから、ついぞ忘れていた煩わしさに悩まされている。
 中学の時は、喧嘩して、つっぱってりゃ、並の奴らは近づいてこなかった。
 厄介者扱いで、おれのことは放っておいてくれた。
 ところが、だ。
 高校ってところだからなのか。2年のブランクのせいか。
 おれは注目を浴びまくり、迷惑なことに声までかけてくる。

「真壁君!」

 こんな風に。

「一人暮らしなんだってね? 大変ね!」
「お弁当作ったの。よかったら食べて!」
「アルバイトしてるんでしょお? お家の事とか大変じゃなぁい? あたしたち、お手伝いに行ってあげるよぉ!」

 ち、めんどくせー
 おれだって人並みに感情くらいあるさ。
 初めのうちは相手の顔見て、いちいち相手してたんだ。
『気持ちは有り難いけど。ごめんな』
 ってな感じで、やれ減量中だ、間に合ってるからといちいち理由をつけて。
 だいたいどこで聞いてくるんだよ? おれが一人暮らししてるなんて話。人の事嗅ぎ回ってねーでオベンキョーでもしてろってぇの。
 キーキャーうるせぇんだよ。

「あの…真壁君?」

 机に肘をつけて頬杖突いたまま、ちらりとも注意を向けないおれを不審に思ったらしい。ひとりがむっとした声をかけてくる。

「ちょっとぉ、人の話聞いてんの?」

 うぜぇ
 勝手に声をかけてきたのはそっちだぜ?

 …チッ

 頬杖をついたまま、思わず舌打ちしていた。
 不穏な気配に怯んだ奴もいれば、逆に気色ばんだ奴もいる。

「ちょっと! なによその態度、感じ悪いわねっ」
「…っせぇな…」

 女と見れば誰でも優しくしてくれると思ったら大間違いだぜ。

「なっ? ムカつく〜」

 ムカついてんのはこっちだ。
 相手にすんのも疲れるが、横にいられるだけでもすげー不愉快。
 おれは溜息つきつつ立ち上がり、席の周りに群がる女どもを押し退けた。
 キャッ、とか非難の声が上がったけど知ったことか。

「なによ! 調子に乗ってんじゃないわよ!」
「ちょーむかつく!」
「何様のつもり!?」

 女達の非難を背に受けながら、おれは教室を後にした。奴らの評価なんか、どうだっていい。おれはただ、平穏無事な学生生活がしたいだけだ。


―――――――――蘭世

 高校に入って、こんなに真壁くんの周りが騒がしくなるなんて思ってなかった。
 また、真壁くんと同じ学校に通えるってだけで、すごーく浮かれていたんだもの。
 真壁くんと、神谷さんと、三人で、中学の時みたいに。
 部費の収支計算をしている神谷さんの向かいに座って、わたしはジュースを飲んでる。だってやることないんだもの。
 スラスラ計算してく神谷さんの手元をぼんやり見てた。

「ちょっと、あんたなにもする事ないなら帰んなさいよ」

 ずずるー

「うるさいのよ。さっきからっ!」
「え。ごめん、なさい」

 ストローから口を離した。
 でも。
 ???
 そんなにうるさくしてた?

 とんとん、と帳簿を揃えて、神谷さんは小さく溜息を吐いた。

「溜息。うるさい」

 あ。
 言われるまで気付かなかった。わたし、溜息なんかついてた、んだ…。
 神谷さんは「まったくもう」て顔で苦笑して、筆記用具を片付けていく。

「さ、終わり。お茶でも飲んでいきましょ」
「え、わたし別に喉渇いてな…」
「わ・た・し・は! 渇いたわよ。付き合いなさいよ。お茶の一杯くらい」
「はいぃっ」

 突き付けられた指にしゃきんと背を正すと、神谷さんはふっと笑った。


 学校帰りに喫茶店なんか、寄っていいのかしら?
 そんな心配してたら、神谷さんに笑い飛ばされた。

「酒も煙草もやってないのよ。子供じゃあるまいし、お茶くらいでなにびくついてんだか」

 た、確かに子供じゃないかもしれないけど〜
 でもでもでも、制服で立ち寄りは確か校則違反だよ?

「真面目に校則守ってるやつなんかいないわよ。だぁーいじょうぶ。堂々としてりゃいいの!」

 うう、そんなものなのかなぁ…

 神谷さんは慣れた様子でケーキセットを二つ頼んでくれた。運ばれて来たチーズケーキとアールグレイを、しばらく無言で口に運ぶ。
 あ、これおいしい。
 どうやって作るんだろ…?

「最近、評判悪いわよね」

 不意の呟きに、頭がついていかない。
 ケーキを新たに一口。ゆっくり味わって、飲み込む。

「そう? おいしいと思うけど?」

 ガタンと神谷さんは椅子からこけた。オーバーアクションなんだからぁ…
 みんなが見てるじゃない。恥ずかしいなぁ。

「あ、あんたねぇぇ! 違うわよ! 馬鹿じゃないのあんたっていうか馬鹿よね。あんたに普通に会話しろってぇわたしが浅墓だったわよ。俊よ、俊! ケーキの話なんか誰がしてるかー!」

 神谷さんは身を乗り出して、ぜーぜーと肩で息をしている。
 も〜、唾飛んだ〜。
 なんだか酷いこと言われた気がするわ。早口で、なにいってるのか、よくわからなかったけど。
 こくん、と紅茶を一口。
 えーと…

「ったくもう」
「?」

 居住まいを正して神谷さんはこほんと咳ばらいをひとつ。

「いーい? 俊の話よ」
「真壁くん? どうかしたの?」
「最近、評判悪いのよ。もともと人付合いが得意なほうじゃないしね。あ、別にいいのよ? 俄かファンなんか邪魔なだけだし、俊の魅力はこの神谷陽子様はばーっちりわかってるんだから」

 神谷さんはべらべらと真壁くんの魅力がとうの、実力がどうのとしゃべり続けた。それを聞きながら、わたしはファンの女の子達に、彼がどんな態度をとるのか思い出していた。
 つまらない嫉妬や嫌がらせで、彼のプロボクサーとしての将来が邪魔されることを、神谷さんは心配している。

「うん。そうね。神谷さんの言う通りだわ」

 このままじゃ、よくない。女の子達にも悪いし!
 真壁くんに、言おう!
 この時、ひそかな決意を胸にしたわたしに、神谷さんの声はほとんど聞こえてなかった。


―――――――――俊2


 古い畳に膝をついて、緊張した顔の江藤がおれを見てる。
 わざわざ、やってきて何を言うかと思えば…

 呆れながらポカリを煽るおれに、膝頭を向けて江藤がにじり寄る。

「真壁くんっ、約束して」

 きゅっと眉を寄せて、上目使いに睨んでくるような顔も、お前がすると怖いどころかかわいいんだよ。
 つい笑いそうになって、頬を引き締める。

「神谷さんも心配してたよ? 最近の真壁くんはちょっと他の人に対して冷たいんじゃないか、って。中学の時みたいに、クラスで浮くのつまらないじゃない。わたし、真壁くんが優しいの知ってるもん。真壁くんの事、よく知りもしない人が、真壁くんの事悪く言うのなんか堪えられないもん!」

 お前のエゴの為に、おれに愛想振り撒けって?
 ちらりと意地悪な言葉が頭を過(よ)ぎるが、わざわざこいつを傷付けるような事をする意味がない。
 だから口にしたのは

「おまえが、そう言うのなら、気をつける」

 告げた瞬間に、そこにだけ光が射したようだった。うれしそうに、とろけそうな顔であいつが笑ったから。

「うん!」

 俺の顔は、多分真っ赤になってたと思う。
 やばい。
 こんなのと二人きりでいたら、押し倒さないでいられない自信がある!
 自制心、自制心。
 呪文のように繰り返しながら、俺は江藤に背を向けた。

「ランニングついでに送ってく。いくぞ」
「うん!」



 それからのおれは、江藤との約束通り、おれなりにまわりに気を遣って学校生活を送った。
 人並みに、女達に話を合わせてやったし、追い払うにしても穏便にお引取願ったつもりだ。
 神谷なんぞには、やればできるじゃないとお褒めの言葉を頂いたくらいだ。
 無駄に敵を作ることはない。
 先を見据えたら、ファンは大事にしたほうがいい。
 そう言う神谷や江藤の言い分も、まぁ、もっともな事だよな。
 普通にクラスメイトしてれば、寝てる授業のノートも貸してもらえるし、悪い事もないのかも知れない。

「最近、真壁くん、クラスの人とよく話してるよね?」
「ん? ああ。お前の言う通りにな」
「そっか…。そうだよね。わたしが、言ったんだよね」

 ?
 部室で、備品の手入れをしていたおれは、ふと手を止めて江藤を見た。
 目元を微かに赤くして、無理して笑ってる。
 馬鹿だな…

「ま、まかっ」

 ちっせぇ頭。
 おれの掌にすっぽりと収まってしまう。

「嫌か?」

 ふるふると、勢いよく頭が振られる。手の下で、さらさらと髪が揺れた。

「真壁くんのこと、悪く言う人、減ったって、神谷さんが」
「うん」
「わ、わたしも、梢ちゃんに、真壁くん人当たりがよくなったよねって、言われたし」
「うん」
「真壁くん、苛々しなくなったなーって、見てて思うし」
「…うん」

 苛々…って、見られてたのか…。不覚。

「だから、だから、わたしも良かったな、って思うよ?」
「うん」

 するんと髪を滑って頬を包む。柔らかくて、小さな顔。
 そんな、瞳をされたら…
 近付く顔に赤くなって逃げようとする江藤の背中に腕を回す。
 そんな潤んだ目であんなこと言うおまえに、おれがなにもしないで我慢できると思うか?
 軽く、触れるだけのキスをした。硬直していたおまえの体から、いらない力が抜けるまで。


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