◆キリ番の作品
□ときめきのキリリク
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ああ、廊下にあいつの鞄が落ちてる。酷く傷付いて、狼狽してた。早く、行かないと…!
目眩を堪えて近づくおれに、教室から飛び出して来た富樫が江藤の鞄を手に近づいて来た。ズンズンと。
「な、なんだよ」
物凄い目つきするな、お前。叩き付けるように渡された鞄を受け取る。
「あんたのせいだからね!」
言うなり、富樫は走り出した。
「あ、おいっ!? 富樫っ」
事情はわからんがあいつが傷付いて、それを富樫が怒ってるのはわかる。
おれはやや気勢を削がれ、ひそひそくすくす聞こえる教室を覗き込んだ。見たことのある連中が、おれの姿を見て息を飲む。それで大体の事情は飲み込めた。
ダンっ
「きゃっ」
教室のドアが壊れない程度の力でドアを殴り付けると、女達は身を竦めた。
富樫が怒ってなかったら、力加減する分別もなくなってたかもな。
「ま、真壁君、あの…っ」
名前は忘れたが、背の高いリーダー格らしい女が媚びた笑顔で口を開く。言い訳や打算、騙し、甘え、本音。口にしない事も全ておれは勝手に聞き取って、彼女が何か言うより早く口を開く。
「あんた達の暇潰しに付き合ってやるほど、おれは暇じゃないし、お人よしでもないから言っとく。おれはあんた達みたいな女は好きじゃない。それだけだ。江藤に当たるのはお門違いもいいところだぜ」
「な、なによそれ!」
「何様のつもり!」
「ふざけんな! マジむかつく!」
一瞬言葉に詰まり、それから色めき立つ女達。
他人を傷付けるのは良くても、自分が傷付けられることは我慢がならない自分勝手なガキども。吐血が出る。
「あんた達がおれをどう言おうが勝手だがな、おれは人間出来てないんでね。大切なものを傷付けられたら、それ相応の手をとらせてもらうぜ」
年端も行かぬ少女達を、凄みを効かせて睨み付けるというのも大人げないが、効果は覿面。一人を除いてみな俯き、言葉を失った。
「何が言いたいの? 馬っ鹿じゃないの」
「ゆ、結衣」
制止しようとする先程の少女を払いのけ、小柄な少女は人を小馬鹿にした態度で嗤う。
「あたしたち、高校生にもなって夢見勝ちな人もいたもんね、って話てただけよ」
「高校生にもなって、自分の発言を人がどう思うのか考えないガキもいるしな」
鼻で笑ってやると、ギロリとこちらを睨んで来た。実家がヤクザの神谷より、このお嬢ちゃんの方が余程柄が悪いぜ。
「おれは頭が悪いんでね。単刀直入に言うぜ。江藤にちょっかいかけるのはやめてくれ」
「はっ、何それ。ばっかじゃないの」
「あんたたちの為にも、俺達を放っておいてくれないか。さっきも言ったよな? おれは人間出来てないって」
何人かが、ひっと息を飲む声が聞こえた。
おれは脅しにならないように、笑って言ったつもりだけど、自分がどんな表情してたかなんて自分ではわからないからな。
言いたいことは言ったので、江藤の後を追い掛ける。迷わず真っすぐ、彼女のもとへ。
空き教室で見つけた彼女は、夕日に照らされて茜色に染まっていた。
どんなに傷ついても、いつも光の中で微笑んでいる彼女。おれを明るく照らし、温めてくれる光。
「真壁くん!」
つられておれも笑った。今までの荒んでいた気分が嘘のように柔らかく温かくほぐされていく。
「富樫っ」
「ああ?」
「サンキューな」
駆け寄って来た江藤を左腕に抱き寄せ、右手に持った鞄を差し上げる。
機嫌悪そうに富樫が目を眇たので、おれは軽く笑ってしまった。
「色々」
ぽかんと口を開け、くるくると百面相をした後で、富樫はため息をついたらしい。
「蘭世ちゃん。あたしまだ日誌提出してないんだ。先帰って? 旦那も迎えにきちゃったしさ」
「ヤ、ヤダ梢ちゃんたら!」
「だっ!誰が旦那だ誰が」
一瞬視線が絡み、二人してぼんっと赤くなった。逆行のお陰で、富樫には見えていない…と願いたい…が、富樫は芝居掛かった仕種でおれを指差す。
「あははっ」
「とーがーしー」
声を低くして言っては見たが、全く効果はないらしい。笑い続ける富樫に、おれは言葉を返せない。
「梢ちゃん」
「うん?」
「アリガト。また、明日ね?」
「うん。また明日。あ、てか帰ったら電話するね」
「うん」
「…あ、真壁君ちに架けたほうがいい?」
「富樫っっ」
お前はなんつーことを言うんだ!
江藤はきょとんとおれを見ていた。少しは察してくれ。
照れるから、からかわれるんだよな。わかっちゃいるんだが仕方ないじゃねぇか。
でも、まあ。
友人との他愛のないこんなやりとりも、悪くない。
「あははは! じゃね!」
「おう、じゃあな」
走り去る富樫の背中に手を振る。
江藤と二人、廊下の向こうに富樫が見えなくなるまで見送った。
ふと、視線を感じて江藤を見る。
「なんだよ?」
穏やかな、幸せそうな笑顔。
「なんでもない。帰ろ?」
どうしていつも、お前はそうやって全てを許してしまえるんだろう。
どうしていつも、曇りのない瞳で前を向いていられるんだろう。
おれの手から鞄を奪い、数歩先でくるりと振り返る。
「真壁くんが、いてくれるからだよ」
テレパスでもない彼女が、時々おれを見透かしたように微笑むのも
「真壁くん、だーいすき」
幸せそうにその言葉を口にするのも
「ばか。帰るぞ」
「えへへ〜」
やっぱりおれは直視出来ずに顔を覆った。
しばらくは、やつにからかわれることになりそうだ…。
→続
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珍しく(笑)2ページに渡る長さになりましたよ?
遅ればせながら、4000キリリク補完版・俊サイドのお話を進呈いたします。
ちゅーのひとつもさせたいんだけど、なかなかそんな展開に持っていけません!
いやぁ、わたしってば照れ屋さんだから〜(はい?