◆キリ番の作品

□ときめきのキリリク
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言いたいことはそれだけか

 電話の音に気分がでるのだとしたら、そのときの電話はまさにけたたましく鳴り響いた。
 いつも彼女からの電話は控え目になるのに、この日ばかりは架け手の感情をストレートに表していたらしい。
 ……たんにコール音からバイブに切り替わってただけなんだけどさ…

「もしもし?」
『ちょっともう聞いてよ!!』

 おおっと。
 これは珍しい。何があったのかは聞かなくてもなんとなく察しはつくけどな。

「どーしたの?」

 長期戦を覚悟して、つけっぱなしのテレビの電源を切る。冷蔵庫からお茶とビールを出してテーブルにつまみとティッシュも一緒に並べてソファに陣取る。さ、これで心置きなく長話に付き合えるよ!

『真壁くんたら、真壁くんたらひどいんだよ!?』

 結婚してそろそろ半年。彼女のお腹にはそのマカベクンとの赤ちゃんが入ってるわけですが、いまだその呼び方が出るんだねぇ。
 癖というか、呼び方なんてそうそう変わらないよな。あたしだって、彼女を江藤さんと呼んでいたら、結婚したからってわざわざ呼び方を変えはしなかっただろう。あたしにとってはいつまでも、彼女は高校からの友人江藤蘭世に違いはないのだから。
 真壁だって、あたしが結婚したところで富樫という呼び方を改めはしないだろう。

『怪我してること教えてくれなかったの! これで夫婦だなんて言える!?』

 あ〜〜〜
 なんだかとてもほほえましい訴えなんだけど…

『ご飯作ってもいっつも無表情だし!』

 それは今に始まったこっちゃないでしょう。

 食べた食器を片付けないとか、靴下が裏返しで洗濯に出されてるとか、ズボンのポケットに小銭とレシートが入りっぱなしだとか、テレビ見てると返事しないとか、自分の好き嫌いは棚に上げて玉葱を克服させようとするだとか、産婦人科には奥さんに付き添う旦那さんが沢山いて羨ましいとか、ベビー雑貨を一緒に選んでくれないとか、日々の不満がまぁ出て来る出て来る。

『あ、梢ちゃん。わたし気付いちゃった…』
「? 何?」
『すっごい重要なこと。うわっ、すごいヤな事に気付いちゃったよ!!』

 だから何よ。
 蘭世ちゃんが気付いたことは多分周りの人間にとっては衆知だ。真壁関連のことなら真壁の確信的な犯行だろう。

『わたし、真壁くんに、”好き”って言われたことない…』
「あ? あーー……」

 声がめっちゃ落ち込んでる。
 妊婦は感情の浮き沈みが激しいって聞くけど、これって胎教的にどうなの?

『筒井くんだったら、きっと毎日でも好きって言ってくれるんだろうな』
「まー、仕事柄ね」

 聞いてるほうが湿疹でそうなくらい、甘くてくさい台詞を吐くと思うよ。

「今度楓さんに聞いてみようか」
『そうだね!』
「今やってるドラマと同じ台詞だったらどうする?」
『それはちょっと嫌ー』

 あ、笑った。声も元気になったかな。

『うちのお父さんもね、すごく情熱的なの!』
「おじさん小説家だっけ」

 以前お邪魔した時、そういえばおじさんはおばさんを口説いてた。仕事とか関係なく、あれはおじさんが日本人じゃないからだと思う。結婚してもあんな風に妻を口説けるのは、日本人ではいないだろう。
 あんな家庭に育ったら、余計に旦那の淡泊さが気に入らないんだろうな。

「娘は父親に似た男を好きになるっての、ありゃ嘘だね。世の父親の願望なんじゃないかな」

 そういや、蘭世ちゃんちは洋館だし、ご両親は見た目ガイジンさんなんだが、お父さんがハーフとかなのかしら?
 今度聞いてみよ。

「蘭世ちゃんもさ、お父さん似の男を好きになったらよかったんだよ」
『えー…。例えば?』
「あはっ。それはわかんないけどさ」
『うーん、でも、そうかも』
「やっぱり一度は憧れるよね。赤い薔薇持って気障に愛を囁く彼氏!」

 言ってて自分でも爆笑しちゃった。蘭世ちゃんも笑いながら同意。

「真壁はさ、高校の時から自分の事で精一杯っていうか、余裕ないよね」
『ん〜。うん』
「結婚するの早まったんじゃない? まだまだ遊んで相手を見極めてもよかったよ」
『そう、かなぁ…』
「子供がいるからって、自分の人生諦めることないよ。まだ若いんだし、いくらでもやり直し出来るよ」
『う、うん…』
「真壁なんてさ、顔がいいだけのボクシングばかじゃん。今はいいけどあの性格じゃあ絶対将来は生活大変だよ」
『で、でもね、そこをやりくりして支えていくのが妻だと思うの』

 お、食いついた。

『彼がボクシングに打ち込んでるの、わたし好きだし。彼には思い切り好きな事してほしいの!』
「そうだね。でも好きの一方通行は辛いんでしょ?」

 わざとそっけなく、ほじくりかえしてやる。

『わたしがっ、好きなんだもん! 無口だけど、さりげない優しさ、っていうの? そういうの、すごく嬉しいし、大事にしてくれるの、わかるから』
「筒井さんのドラマみたいに愛を囁いてくれなくても? ちゃんと女として愛されてるって?」
『う、そういわれると照れるけど…』

 もぢもぢしてる蘭世ちゃんが目に映るようだ。

『ちゃんと、愛されてる、よ。…うん』

 きっと、お腹を撫でる彼女の顔は見たこともないくらい穏やかで幸福に満ちているんだろう。

 もう大丈夫かな。
 真壁俊を否定する蘭世ちゃんなんて、蘭世ちゃんじゃないもん。

「……話は変わるけどさ」
『うん?』
「出産祝い何がほしい? 姉ちゃんに聞いたら紙おむつがいちばんだっていうんだけど、味気なくない?」
『あはは』
「肌着とかベビー服とかおもちゃとか、記念のフォトアルバムとか、らしいものは沢山あるじゃん」
『んー、でも、そういうのはお母さんが張り切って用意してるから、おむつのほうがありがたいかも』
「そんなもんか」
『うん。そんなもんだ』
「わかった。――2月だっけ?」
『そう。13〜15日くらい』
「それまでに一回会える?」
『いつでもいいよー』
「じゃ、また連絡する。薔薇持ってくから!」
『あは、わかった』
「旦那によろしく。じゃね」


 電話をきって、ふーーと長く息を吐いた。
 気を取り直してメールを打つ。

『TO:真壁

 厳命!!
 本日2200時間までに赤い薔薇を購入し帰還されたし。

FROM:Togashi Kozue 』

すぐさま『はぁ?』ってだけメールが返って来たけど、ガン無視した。


2009.9.25

「ランゼちゃんの俊以外の人への心変わり」最終的には「やっぱり俊が好きだわー」になる様な・・・というリクエスト。
心変わり、とまではいきませんが、不満ぶちまけ結局惚気か!!という感じで作ってみました。
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