◆キリ番の作品

□ときめきのキリリク
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25000キリリク
特別になった日

「真壁くん、あの…」

 もじもじと、たっぷりためらって、蘭世は後ろ手に隠していた包みを突き出した。

「よかったら、これ!」

 内心かなり驚いていたが、おくびにも出さずに包みを見つめる。
 蘭世が沈黙に堪えられなくなってきたころ、ようやく俊は包みを受け取った。

「…おれに? なんで?」
「お誕生日、でしょう? だから、おめでとう!」

 今度こそ俊は目を丸くする。真っ赤な顔で照れている蘭世と、受け取った包みを交互に見遣る。
 誕生日を祝ってくれる人なんて、数えるほどしかいない。
 母は、仕事柄忙しく、そんな母の負担になりたくなくて、自分の誕生日なんか忘れた振りをして来た。忙しさの中で忘れられてしまうのが辛かった。そんな思いをするくらいなら、はじめから誕生日なんてなくていい。そのうち本当に忘れてしまった。
 幼なじみの神谷陽子は大袈裟に祝ってくれたけれど、彼女のそんな気遣いは、余計に俊を惨めな気分にさせた。
 だから、誕生日は嫌いだ。

「なんで、おれに?」

 出会って日も浅い彼女に、こんなことしてもらう理由が無い。
 お節介や親切心なら迷惑なだけだ。薄っぺらな同情なんかいらない。
 感情のこもらない問いかけに、蘭世は心からの笑みを浮かべる。

「真壁くんのお誕生日だからだよ! 産まれてきてくれてありがとう! 今、こうして、出会えたことが嬉しい。お話し出来たことが嬉しい! これからも、仲良くしてね!」

 これに裏があったら人間なんて誰も信じられない。それほど明け透けで無垢な笑顔。雲間から光が射したように、俊の薄ら寒かった胸の内側に温もりが宿る。
 これからも仲良くしてね、なんて言われるほど、仲良くしてやったつもりはない。なる予定も。
 だけど何故だろう。
 彼女の言葉は、笑顔は、すとんと俊の心に落ちてくる。
 ああ、この笑顔を、彼女の言葉を、自分は信じていいだろうか?
 己の存在全てを否定して来た自分が、生きていく理由にしてもいいだろうか?

「真壁くん、あのね…」

 沈黙をどう解釈したのか、目の前の少女はもじもじと指を弄ぶ。上目使いにこちらの様子を伺い、蘭世はひとつ深呼吸をした。

「あのね、真壁くん。わたし、真壁くんのこと―――」

 告白を聞いた瞬間、二人して真っ赤に茹で上がった。
 直ぐさま俊は体ごと蘭世から顔を背けて、高鳴る心臓を必死に宥めながらお決まりの台詞。

「悪いけど、女にはキョーミねぇんだよ」

 震えず言えたことに安心して、自信を取り戻したところでちらりと背後の少女を振り返る。

「コレ、サンキューな」
「う、うんっ!」

 ぶんっと勢いよく頷いた少女に再び背を向け歩き出す。二歩進んで、俊は思い立ったように歩みを止めて振り替えった。

「あ、と…。おれの誕生日、4月だから」
「え? ええええっっ!?」

 握りこぶしを奮わせて悔しがる姿とさっきまでのギャップがおもしろい。

「ぷっ」
「か、神谷さんめぇ」

 一瞬ごとに表情の変わる彼女は、見ていて飽きることがない。

「ま、そーゆーことだから。これは遅れたプレゼントってことでもらっとく。あらためて、サンキュー」

 多分、俊は微笑んでいた。自分でもそうとは気付かずに。
 呆然とその笑顔に見とれていた蘭世は、次の瞬間には顔から火を噴く。
 再度俊は吹き出して、今度こそ本当に蘭世に背を向けた。背中越しに、片腕を上げて――

「じゃあな、江藤。また明日」

 その日から、俊は彼女を「オイ」とか「コラ」とか「おまえ」とは呼ばなくなった。
 それに気付いているのは、おそらくまわりのクラスメイトだけ。

おわり



【あとがき】
寝る前に急に思い立った走り書き。
朝になって改行したり、付け加えたり、少し手を加えました。
短いけど、インスピレーションが大事よね!ってことでUP。
引っ越して来たばかりの蘭世ちゃんと不良の真壁君のお話。
誕生日ネタは二本目ですが、テーマは変わらず。思春期の俊は、彼なりに片親ってことで傷ついてたと思うのよねー。
10歳〜中学生くらいって、生きてる理由を考えませんでした? 彼の生きていく理由って、蘭世と母親くらいしかないと思うの。語り尽くせていないと思うので、あとがきにて補填します。
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