◆キリ番の作品

□ときめきのキリリク
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 王子の婚約者選びもそうだが、エトゥール家では次期頭首モーリの嫁選びでも忙しかった。
 気に入った人間の乙女を、儀式によって花嫁に迎えるのがヴァンパイアロードの花嫁選びの通説だが、魔界人の、特に一族の中から花嫁を選ぶケースのほうが多い。政治的な判断を迫られる頭首の花嫁選びならば尚のこと、気を使う選択だ。
 にもかかわらず、花嫁選びにまったく協力的でない息子に、父アーサーは苛立ちも顕わに言った。

「レドルフ王子の奔放ぶりにも困ったものだが、お前まで主人に倣うことはないのだからな」

 婚約者が決まっても、どうも王子は他の女にご執心であるらしい。父の言っているのはそういうことだ。
 モーリが親の選んだ女達に興味を抱いていないことを、父は疑い始めているようだった。

 朝霧が晴れるまでのわずかな時間。それがモーリとシーラに許された時間だ。
 人目を忍ぶあまりに、禁忌を承知で人間解に行ったこともある。
 変化に乏しいが故に、あっという間に過ぎていた時間も、特定の時を待つ身となった今では長く感じる。
 厳密にいえば生きていない体が、一人の娘との逢瀬に生き甲斐を感じている。
 滑稽だ。
 生まれた時から血の通わぬ体。生体活動をしない体が、成長し、まして今や伴侶を得ようとしている。
 生き物の連鎖から外れたはずの、アンデッドの王が。

 対するシーラは生命力に溢れた人狼。
 彼女に触れられた肌が、焼けただれそうに熱い。
 彼女に触れた手が、彼女の命を吸い取るようだ。
 生有る者と、不死なる者。
 相いれぬ存在。
 仮に二人の愛が成就するとして、いかなる異形を実らせるのか。

 身分違いの恋や、ただの横恋慕で済んだなら、こんなに悩むこともなかっただろうに。

 どれほど熱い想いを語っても、愛を囁き交わしても、日に日に不安が募る。
 愛情が深くなればなるほど、その不安は強くなっていく。
 答えは初めから決まっているのに、理性はそれを認めているのに、気持ちがそれに追い付かない。こんなことは、これまでなかったことだ。
 明晰なモーリの頭脳は、常に正しい答えを導き出していたはずだった。情報と知識に裏付けられた結論は、彼を裏切ることはなかった。
 シーラはヴァンパイアロードの伴侶としては相応しい種族の娘ではない。まして王子の婚約者であり、恋い焦がれることなどあってはならない。

 ああ、では何故。

 心が弾き切れそうに痛むのだ。
 感情なんかなければよかった。
 血さえ流れぬ冷たい体に、どうしてこんなにも熱い想いが宿るのだろう。
 この世に神がいるのなら、何故こんな不自然な存在を造り出したのか。
 何故、彼女とわたしを出会わせたのか!

 いっそ、殺してくれ。

 君を抱けない腕なんかいらない。
 君を愛することを許されないのなら、心なんていらない。

 白んで行く東の空を古城から見つめ、絶望的な思いで熱い太陽を請う。
 生き物に命の息吹をあたえ、モーリの存在を根底から消し去る清浄の朝陽を。

「モーリ!」

 彼がやろうとしていることを悟って、シーラは慌てて彼の体を突き飛ばした。
 今まで彼の立っていた場所を、朝の光が照らす。

「あなた、何をしているの! どうして!?」

 青い顔で取り縋る娘の頬を、男の冷たい手が撫でた。切ないほどに優しい瞳で、娘を見つめている。

「君と居られないなら、灰になったほうがましだ」

 悲壮な囁き。けれど、これほど甘い恋の告白もない。

 シーラの頬を涙が伝う。涙を拭う口づけも、男の手同様に冷たい。

「わたしだって…」

 恋しい。恋しい。
 許されぬ恋だとしても、諦めるなんて出来ない。

「あなたと、一緒にいたい」

 涙に濡れた瞳が、強い意志をたたえてまっすぐに自分を見ている。彼女の瞳に写る資格が、自分にあるだろうか。この想いに、応えなければ、その価値もない。それだけは耐えられそうになかった。

 朝陽がシーラの金髪を照らしている。それさえ直視するのは吸血鬼のモーリには辛い。

 それでも

 シーラの前に跪つき、恭しく手の甲に口づけて

「シーラ、君を、掠っていってもいいかい?」

 姫にかしづく騎士のように、ただただ赦しの言葉を待った。

 ふたつ深呼吸して、目を閉じる。
 瞼を開いた時、翡翠の瞳を揺らしたのは、歓喜の涙だった。






【あとがき】
ロミジュリみたいな話を予定していましたけど、なったかな?
終わりが弱いですね。
多分日を改めて加筆修正します。←悪い癖だ。ごめんなさい!


ときめき世界だと吸血鬼って、吸血鬼という生き物になってますけど、ファンタジーの常識だと吸血鬼はアンデッドの上位体なんですよね。
生きてないから当然繁殖しません。
わたしはファンタジーゲームをやるほうなので、
吸血鬼にも種類があって、純粋なヴァンパイアがロード。ロードに血を吸われた劣等種、ロードより上位にノーライフキングやリッチーがいるんだと思っております。
この種類も、世界感によって異なるんでしょうけどね。
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