◆キリ番の作品

□ときめきのキリリク
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真壁くんチの家庭の事情2のおまけ

 よく晴れた日曜の朝。
 遅くまで寝ていたとはいえ、これはなんの嫌がらせだろう。
 寝癖を掻き交ぜリビングへ下りてきた卓は、メモを片手に絶句していた。


卓&愛良へ
 お父さんとお母さんは出掛けます。
 多分遅くなるので、昨日の残りを食べてください。
 味が染みてオイシイよ



「せめて金をおいていけ…!」

 念を懲らせば見えてくる、両親の朝のやり取り。
 財布から紙幣を出そうとしている母を父が止めていた。いわく

『もう子供じゃないんだから、適当に作って食うだろ。甘やかすことはない』

 母は父に言いくるめられたらしい。
 パンくらいならあるだろうが、どうやら自炊をせねばならないようだ。
 中学生の妹は当てにならない。

「ヨーコおばさんとこ…、いや、じいちゃんちにでも行くか…」

 朝っぱらからパンなんてぱさぱさしたものが食えるかと、卓は土鍋のおでんを温め始めた。




 俊は、蘭世にコーディネートされた服を着て、にこにこ顔の妻の手を取って、まずジムに顔を出した。

「おー、俊、早いな」

 事務所からタバコを揉み消し出て来た広報の石井に、にやりと人の悪い笑みを見せる。その時点で、石井は笑顔を引き攣らせる。

「お、奥さん。昨日はすみませんでしたね」
「いいえ。いつもお世話になります」
「今日もおきれいだ。お出かけですか?」
「はい。主人と」
「え゛?」

 ぐりんと見た俊は素知らぬ顔で目を合わそうとしない。

「いや、今日は…」
「昨日のかわりに今日は一日OFFにして頂いたそうで。お気遣いありがとうございます」
「は、や、そのっ」
「本当、石井さんにはいつも感謝してるんですよ。主人と出掛けるのなんて久しぶりで、どきどきしちゃう。ふふ、おかしいですよね」
「あー、いやー、いいんじゃないすかね。羨ましいですよー。ははは」

 いつも野郎どもには強気の石井さんにも、幸せいっぱいの蘭世の笑顔を曇らせるような事をする度胸はない。
 渇いた笑いを浮かべ、恨めしそうに俊を見る。

「んじゃ、そういうことだから。悪いな」

 くい、と蘭世を引き寄せて俊が手を振る。

「後で電話しろよ…」
「野暮な野郎だな…」
「しゅーんー」
「ち、わかったよ」

 じゃあな、と踵を返す俊に遅れまいと、蘭世もパンプスの踵を鳴らす。振り返り際、蘭世は長い髪を揺らして石井にぺこりと頭を下げた。小さく返礼して、石井は蘭世に手を振ってやる。

「いってらっしゃい。楽しんで来て下さい」
「はいっ」

 にこりと笑顔で頷く蘭世を見ていると、こちらも自然と笑顔が浮かぶ。とても年上には思えない。あの愛らしさはもはや立派な武器だ。

「かなわねーよなぁ」

 遠ざかっていく真壁夫妻の背を見送って呟くと、今日のスケジュールの穴埋めをどうするかと、石井は頭を被った。



 昨日は卓と腕を組んで歩いた道を、今日は俊と腕を組んで歩く。
 昨日は昨日で嬉しかったし楽しかったが、今日感じる喜びは全く別のものだ。

「おまえ、やたら興奮してるな」
「だってだって、だってだもーん♪」

 殆ど抱え込む勢いで、蘭世は俊と腕を組んでいる。踵の高い靴を履いているのに、スキップしそうな足取りだ。後で足が痛いと言い出しかねない。

「ぷっ、子供か」
「いいのっ。今日は久し振りのデートなんだから!」
「なんだそりゃ」

 ペースを緩めて歩く俊の、蘭世を見る目は限りなく優しい。

「どこ行きたい?」
「んー、昨日デパート見てきちゃったのよねー。それに、まだ早いから、どこも開いてないわね」

 行きたいところには昨日卓と出掛けてしまったのだという発言に、俊の眉がぴくりと動いた。
 確かに、春物のコートが欲しいとか言っていたのを覚えている。

「卓は? なんて?」
「服? わたしが行くようなお店には欲しいのないって。自分で買うからお金頂戴って言われたわ」
「違うよ。おまえのコートを見に行ったんじゃないのか?」

 蘭世は一瞬キョトンと俊を見て、それからぷっと吹き出した。

「ダメよ〜。卓が選ぶのは全部ココちゃん基準なんだもの」

 ふぅんと頷いてはみたものの、腑に落ちない俊である。卓が蘭世に「かわいい」と言ったのは、それではいつの話なのか。気になっているのだが、まさか面と向かって聞くことも出来ずに時間だけが過ぎていく。

「ねぇ、少し歩かない?」
「いいけど、平気か?」

 俊の視線を追い掛ければ、アスファルトを甲高い音で鳴らすハイヒール。そんな気遣いが嬉しくて、抱いた腕をますます強く抱きしめる。

「疲れたら、おんぶしてくれる?」
「ばぁか」

 こつんと人差し指で小突いた額の下で、蘭世はにこにこと微笑んでいた。

 それから、足を向けた公園で、花や水鳥を見てのんびりと過ごす。

「子供達が小さい頃はよく来たよなぁ」
「卓もそんなこと言ってたけど、覚えがないのよねぇ」
「ぼけたんじゃねぇ?」

 ぽくりと肩を叩かれる。頬を膨らませて抗議の意志表示をする蘭世に、俊は悪い悪いと苦笑した。

「愛良がよちよち歩きを始めたくらいからなら、来たなぁって覚えてるんだけど、卓が小さい時に来たっけ? それもわたしと来たっていうのよね」

 おまえと二人で来たということはおれは仕事だったんじゃないのか、と言いかけて、俊は思い直す。記憶の糸を辿り、首を傾げた。

「この公園、愛良が生まれる前にはまだなかったはずだぞ?」
「えっ? だって卓が…」

 蘭世が昨日感じたイメージを、俊も読み取る。
 息子が息子ではないような、それでいて懐かしい感覚。

「まさか、ね…」

 二人が思い浮かべた人物は同じ人物だと、言わなくてもわかった。
 卓が生まれた時に、俊が感じたデジャヴ。それと同じ感覚を、今になって蘭世も感じていた。

 卓が蘭世と見たという花も湖も、日本の、もしかしたら人間界の景色ですらないのかもしれない。
 それがダーク・カルロの記憶であるのか、卓の中に刻まれた悲劇の王子の血の記憶であったのか、確かめる術はない。
 ただ、確かなのは、最近俊が卓に感じる胸騒ぎは、その感覚に起因しているであろうということ。

「あ〜〜」

 実の息子に抱く感情ではない。
 卓だって、蘭世だって、母子以外の感情を抱いているわけがないのだから、こんなの俊の勝手な妄想に過ぎないのだ。
 なのに、気になる。
 せっかくセットした前髪を掻きむしる夫に、妻は目を丸くする。

「ちょ、ちょっと!?」

 慌てて俊の手を止める蘭世に、俊は情けない顔を見られたくなくて、掴まれたままの手で顔を覆い天を仰ぐ。

「真壁くん?」

 子供の手前、呼ばなくなったが、長年の呼称はそうそう変わることはない。思わず出てしまった単語に、二人して吹き出す。

「懐かしーな、それも」
「ナハハ…」

 顔を覆った指の隙間から、照れ笑いを浮かべる妻が見える。あの時より大人びた、30年来隣に居続けてくれた大切なひと。今更、彼女の何に不安になれというのだろう。

「暑いわね。お茶買ってくる」

 ぱたぱたと赤い顔を扇いで、蘭世が立ち上がる。

(おれはバカだよなぁ…)

 ――でも
 ――いつまでも美しい君は、他の男の目を引かずにはいられないだろうから

「あんまり、一人でどこか行くなよ」
「? うん」

 自動販売機は目と鼻の先だ。言われた蘭世は不思議そうに首を傾げた。


 ――そのたび、馬鹿なおれはヤキモチを焼くだろう。
 ――けれどそれは、ひとつの権利だから。

「許してくれよな…」

 呟いた言葉が聞こえた訳ではないだろうに、振り返った蘭世がにこりと頷いたように見えた。






キリ番の補完版としてヤキモチ俊くんUP。
日常の蘭世の何気ない言葉にいちいち傷つく俊くんが目に浮かぶようだ…
卓が大学で一人暮らしを始めたのは、パパんのヤキモチが嫌になったからに違いない!!(笑)

2010.2.1



〜拍手おまけから〜

「おい、おれが居ないときは別のメニューにしろよ」

 こんな高い場所にある重たいもの、落としたらどうするんだ。危ないじゃないか。

「え? どうして」
「いいから」

 おれが取ってやるから。

「ふーん、別に台に乗ればわたしでも届くのに…」

 の割にかなりほうり込んだって感じのしまいかただぞ?

「卓に頼むし」

 んなにっ!?

(作注:音が立つくらいの勢いで振り返る真壁氏。頚椎捻挫。)



おわり


本編に入れたかったけど入れなかった要素。
阿保でごめんなさい(^-^;
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