テニスの王子様

□THE ULTIMATE HARD WORKERな跡宍
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9.Betrayal





「…ちっ」



今日は10月4日。 そう、跡部の誕生日だ。
しかし、己にとって特別な日にも関わらず、
跡部の機嫌はすこぶる悪かった。



朝刊、朝のニュース番組、週刊誌…
どれもこれも、独占しているのは跡部だが、
その内容は「跡部家長子、跡部景吾、遂に婚約!」といったものだった。
既に相手方の名前も公表されており、
逃げることは許されない状況まで進行していた。



跡部が、この「政略結婚」を知ったのは、昨夜のことだった。
父親に呼び出され、誕生日である明日に発表する、という内容。
跡部の意思など、関係が無かった。



父は知っていたのだ。
跡部が、同性である宍戸を愛していることを。
このままでは、【跡部】を継ぐ子孫を残すことが出来ない。
しかし、跡部は一度決めたことを曲げるような男ではない。
いくら相手が父とは言え、話し合ったところで、
宍戸から身を引くとは考えられない。
そこまで理解した上で、父は今回の政略結婚を計画したのだ。
最終日の夜まで、跡部本人には極秘の状態で。



「亮…」



名前を呼んでも、もう応えてくれる声はない。
黒い艶やかな髪、瞳、跡部よりも少し体温の高い身体…
今まで、当たり前のように、目に映し、触れていた温もりに、
もう触れることは許されない。
今も、いつまでも、忘れることの出来ない、あの温もりに。



「おめでとうございます」と、誕生日に対してなのか、
結婚に対してなのか分からない言葉を送ってくる、
やけに上手い作り笑いを浮かべたメイドに対して、
「あぁ、ありがとう」と、その場しのぎの嘘だけ放ち、家を出れば、
次は大量の記者に囲まれ、次々と質問が飛んできた。



彼らは、今回のニュースが「政略結婚」であることを知っていながら、
「相手方の女性に対して、愛はあるのですか!」などと、
ふざけた質問を跡部に投げかける。



「愛なんて…あるわけねぇだろ」



記者のマイクが拾うことすら出来ない声で呟き、用意されている車に乗り込む。
父だけではない、この世界、現実全てに、跡部は裏切られた。
己の望む現実を作り上げる為には、まだまだ無力だ。
何日、何年と、朝と夜を繰り返し、今日と明日を積み重ね、描く夢を見ても、
残酷な真実が、現実が、いつまでも薄笑いを浮かべ、自分を裏切るだろう。
わがままな子供のように、泣けば楽になれるものではない。



「俺は…お前以外望まないのにな…」



宍戸という光を失い、もう何も見つめることの出来なくなった、
宍戸が好きだと言ってくれた碧い瞳を、跡部はゆっくりと閉じた。





→10.WILL
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