記憶の回廊
□第二章・渦巻く月夜
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「白乃」
冷たい瞳が、色をなくした。
もう冷たいとも表現できない、ただそこにある瞳。
なんの感情、いや強いて言えば驚異的な無を示した瞳。
殺された哀しい兵士の瞳、…目の前で親を殺された子どもの瞳。
そうだ、深く傷ついた子どもの瞳。
「…白―」
誰かが呼んでいる気がして、振り向いたらこの締め付けるような想いがあった。
だから振り向かない。
もう苦しまなくても、嘆かなくても、神様は許してくれるはず。
だから、殺して。
「…――様、」
白乃が呟いた名前に、思わず息が詰まる。
呆然とする母親は視界の隅で、ただ固まっている。
そして白乃の視線の先、廊下の奥に、休んでいたはずの彼女がいた。
傷ついたような、諦めたような瞳。
「白、」
「…“藍”は、このまま」
伝説の少女の名前、呟いてすぐ、ふらふらと廊下に出て行った。
誰も止められない背中、只管見詰め続けていた。
呆然と立っていた俺の目の前に、天奈が静かに歩いてきた。
「…黒為様」
「天奈」
彼女の名前を呼んだのに、白乃が呟いた名前が頭から離れない。
俺は確信していた、白乃は兄を、…いや白乃は“少女”だ。
心の奥底に記憶を埋め込んで、俺達兄弟は逃げていた。
白乃が1人戦っていたのに。
ずっとずっとひとりで、ずっと1人だと覚悟して、戦っていた。