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□魔法のことば
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いずれ訪れる未来。
不可視に加えて、理想として思い描くことでしか姿を表さないそれにとって、自分は遠く思い出されもせぬ変革の痛みになれるのか。

アレルヤはいつも、その意思は、固い覚悟はあるのか自問自答している。
いや、自答ではない。
ただ問いかけがいたずらに産出され、身体に圧力として積もりのしかかっていくだけだった。
今更な愚問はそのまま肌へと潜り込み、ぐるぐると身体を駆け巡って、ときには操縦捍を握る手の、その指の先まで届いて、決心めいたものをぐらつかせぐずぐずにさせる。
人を傷つける理由に真剣に向き合っているのか、それともその間は目を逸らしていられると逃げているのか、考えすぎた今ではそれすらもよくわからなかった。

アレルヤは、依然として明確な答えが出せないでいる。

ガンダムマイスターとして備うるべき資質がどれほどあろうとも、いくら指標となるヴェーダが選定した人材であろうとも、実際のところ、引き金が引けなければ、意味はないのだ。
わかるのは、自分が死にたくはない、生きていたいということだけ。
しかし、自分の意思が持てないことは、人として生きていると言えるのか。
迷いながら降り下ろされる刃は正しいのだろうか。
そんなことばかり、考えている。
君はガンダムマイスターに相応しくない、そう言われてしまうのがオチだった。










実際はいつもとさして変わらないはずなのに、ひどく明かりが暗く沈んで感じられる。
これも自分の気持ちに整理がつかないからか。
くすぶった思いを抱えながら部屋へと戻る途中、通路のすみに、なにか紙の切れっぱしのようなものが落ちているのを、アレルヤは発見した。
おそらく、かすかといってもいい空調の風が少しずつ空気の溜まり場へと移動させていったのだろう。
ほんのりと頬を風が撫でるのを感じる。
身をかがめて、かさり、とたてよこ一回ずつたたまれた紙を拾い上げた。
幸いにしてそれは汚れてはおらず、ほっとする。
黒っぽい染みかと案じたそれは、中の文字が透けて見えただけだったようだ。


(さて、どうしよう)


果たして、持ち主でもなければ持ち主の許可を得てもいない自分が広げて見ていいものか、とアレルヤは逡巡したが、このまま何もせず持っていた方がためらわれた。



(ただのごみかもしれないし、)



それでも念のため、周りに探し物をしている人はいないかを確認してから、ゆっくりと開く。
いつの間にか、目に映るライトは常の明度を取り戻していることに、アレルヤは気付かなかった。





広げても手のひらにすっぽり収まってしまうほどのメモ。
それには、









to be, to be,
ten made
to be you.









と走り書きがしてある。




(…?)




達筆な文字は、読めるものの意味は理解できず、しばし片手を顎にそえて悩む。
ハレルヤにも訊いてみたが、興味がないのか反応はいまいち鈍かった(捨てちまえなんて、そんな)。

考えこんでから何分か経った頃、通路の奥から最年長のマイスターの声が、アレルヤの耳へと届いた。





「あ〜アレルヤが見つけてくれたのか、よかった」



にこにこと笑いながら近づいてくるロックオンに、アレルヤは唸っていた顔をあげて紙を持ち上げてみせた。


「これ…、ロックオンのですか?」


差し出されたメモを受け取りながらロックオンは頷いた。
茶色のゆるいウェーブが揺れて薄荷色のシャツに散る。


「ああ。この前日本で刹那の家にお世話になった時、礼も兼ねて飯でも作ってやろうかって買い物に出たらさ、俺日本語ワカリマセーンだったのすっかり忘れてて呆れられちゃってさ〜。んで、刹那に教えてもらってんの。これを訳してこいだの、あれ読んでみろだの」



見つけてくれてサンキュ、と安心したように息をつくロックオン。
緑、とも青、とも形容しがたい不思議な色合いの瞳がいちど閉じられてから、また開いた。
アレルヤは印象的な瞳を見ながら、取っ付きにくさからいまだに付き合いかたがよくわからない最年少のマイスターが、そのような手解きを引き受けたことに加えて、現地の言葉がわからないのに降りたという、ロックオンのあまりの無頓着さ加減(彼は一旦焦点が当たると対象に対してはこちらがひるむほど真剣な、いっそ病的なまでの神経質なところがあるのに!)に呆然としていたのが伝わったのだろう、彼は、日本語は聞くこと話すことはそこそこできるのだが文字が読めないのだと言った。


「これを期にジャパニーズを極めるぜ。やってみるとわりと面白いしな」


明るくそう付け加えて、ひらひらと振っていた紙片を片手で流れるように折りたたみポケットの中へとしまいこもうとするロックオンに、アレルヤは声を上げた。



「あの、それ」



ん?と首を傾げたロックオンにアレルヤは、その文字はどうやって読むのか尋ねた。



「ちょっと考えたんですけど、分からなくて」



勝手に見てごめんなさい、と言うアレルヤにロックオンは笑った。
彼の目が細まる。アレルヤは、この優しい微笑が好きだった。
本人に、そう告げたことはないけれど。




「お、勉強か?偉いな〜。…じゃ、まずアレルヤはどう考えたんだ?」


「…えぇと、なにかの詩の一篇でしょうか?」



「ふんふん?」



ためしに言ってみんさい、という顔のロックオンにアレルヤは、間違っていたら恥ずかしいんですが、と今まで考えていたことを思いきって告げた。





「“在らんことを、在らんことを、十まで相成り汝とならん。”?」





アレルヤのためらいがちな声に、ロックオンはにこりとした。



「おーアレルヤかっこいいな。完全数か、確かにそういう読み方もあるよな」




どうやら違っていたらしい。

アレルヤはしょぼんとした。
眼前の問題が分かったなら、自分が泥沼にはまっている、このもやもやとした思いにも何らかの答えが出せるような、そんな気がしたのだ。
悄然とするアレルヤに、ロックオンは「あらら」と笑った。



「そう落ち込むなって。惜しいとこ突いてんだから。じゃあ、真面目なアレルヤ君に宿題。何使ってもいいから、頑張って読んでみろ」



くるり、とひとつたなごころから取り出すように彼は紙を回して手渡す。
ほいよ、とぽんと手のひらに再び戻された紙にアレルヤは目を白黒させた。



「え、だって、わからないって…」



「ヒント。これ英語じゃないぜ」




アレルヤが口をもごもごさせているその様子にかまわず、お前にぴったりの文だぜ、とにっと口角を上げて綺麗な唇のラインがカーブを描く。
その曲線に思わず意識を奪われているあいだに、いつの間にか切られていた重力装置に便乗して、ロックオンは床をとん、とひとつ蹴ると無重力の中を飛んで行ってしまった。

「じゃ、またあとでな」

あとには、ぽつねんと紙片を手にたたずむアレルヤが残された。






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