2011/10/7




「久しぶり」
懐かしい声が耳を打った。マンションの、俺の部屋のドアに凭れかかって立っている彼は、寒そうに手を真っ赤にさせて笑っていた。時刻はもうすぐ零時を回る。まだ十月とはいえ、ドイツの夜は冷える。思わず溜め息をついた。
「…来ると言っておけばそんなふうに待たずにすむだろう」
「だって、驚かせたかったし。それに、このほうが何倍も嬉しいでしょ?」
悪戯が成功したかのように笑う、随分大人びた子供に、また意図せず溜め息が出てしまった。たちが悪いのは、実際に嬉しいと思ってしまっている自分、だ。合うのは全米オープン決勝以来だから、一か月ぶりになるのか。恋人として会うのは…いつぶりだろうか。俺はドイツ、彼はアメリカで、お互い忙しい日々を送っているから、まとまった時間はなかなかとれず。電話で気持ちを紛らわせてはいるけれど、こうやって本人に会えるのは別段嬉しい。

そのとき、どこか間の抜けた、ぴぴっという音が聞こえた。同時に、温かい体温をじかに感じる。
「誕生日おめでとう」
その一言で、悟る。今日の日付と、音の正体。アラームをかけてまで零時ちょうどに祝いたかったのか。くすぐったい感覚に襲われる。十年前のあの日よりも幾分か近付いた瞳を見つめる。
「ありがとう。…また、伸びたな」
「…まだあんたよりは低いみたいだね」
お礼ついでにそういえば、目の前の恋人は不服そうにそう呟いた。こういうところを気にしているあたり、まだまだ子供だな。小さな笑みを零す。
「…笑っていられるのも今のうちだからね」
悔しそうに言い放って、越前は冷えた手で俺の頬に触れた。
「冷たい」
「じゃあ温めてあげるよ」
昔と同じ瞳で、昔より男らしくなった笑顔で。彼はゆっくりと、温かなくちづけをした。今も昔も、俺の心を溶かしてくれるのは、世界でお前だけなんだと、伝えたら彼は何と言うだろう。ぼんやりとそんなことを考えるも、思考はすぐに気持ちよく溶けてなくなってしまった。



Happy birthday Kunimitsu!


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