Short Story

□Believe
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あと数分で十五回目の十月十五日を迎える。そのことに気付きペンを走らせる手を止めた。心は全く浮かれていない。それは明日控えているテストのせいだけではないことくらい解っていた。

きっと明日になれば、跡部が笑顔でおめでとうを言ってくれるだろう。そして俺はそれに笑顔で応えるだろう。恋人からのおめでとうは何よりも嬉しいものだから。
―――けど、後何回、そんなやり取りが出来るのか。


俺は男で、跡部も男だ。今はこうして付き合っているけれど、いつかは絶対に別れなければならない。跡部には『跡部』が―――、自分の財閥がある。将来は親の跡を継いで社長となるだろう。その時頂点に君臨する跡部の横に、俺は居れない。体裁もある、跡取りだって必要なのだから。
それに、それ以前の時点で別れを告げられる可能性だって十分にあるのだ。高校や大学に進むにつれ忙しくなり、二人だけの時間は段々とれなくなるだろうし、それらを考慮すると、跡部に誕生日を祝って貰える回数なんて、もしかしたら片手で足りる程しか残っていないのかもしれない。


…あかん、なんや泣けてきた。
自分の緩い涙腺に苦笑する。目頭を押さえて堪えるも、心はまだゆらゆらと不安に揺れていた。嗚呼、どうしようか。こんな時間なのに、無性に跡部に電話したくなってしまった。迷惑なことは解っているのだけれど……、電話してしまおうか?心の端でそう考えると同時に、俺の手はもう携帯を掴んでいた。



ぶるぶるっ



「!!」
電話をかけようとしたまさにその時、マナーモードにしておいた携帯が震えた。ディスプレイには跡部景吾の文字。なんというグッドタイミング、と、慌てて通話ボタンを押した。

「もしもし?」
『今すぐ外に出ろ』
なんやの、挨拶も無しか。胸中でそう毒づくものの、どこか期待もしていた。こんな時間に外に出てこい、なんて言うということは、もしかしたら。


急いでマンションの階段を駆け下り、外へ出る。目の前には予想通りに跡部が立っていた。先程までぐらついていた心が静まる。
「跡部、どうし」
どうしたん、と言い終わる前に、俺の体は逞しい跡部の腕に包まれていた。冷たい外気と相反して暖かい体温。
「誕生日おめでとう」
「あ、ありがとう」
耳元に息が掠める。跡部の事だ、きっと今の時刻は十二時ジャストなんだろう。本当にキザな奴だ。
「これを言うためだけに来たん?」
「勿論違う」
まさかな、と思って言った言葉はやはり否定された。と同時に跡部の体温が離れていく。きちんと向き合った端正な顔が真剣な物へと変化した。



「―――お前が今何を不安に思っているか、俺は知っている」
「……なんやそれ、お得意の眼力でも使うたんか」
「茶化すな」
ばくん、と震えた心臓を誤魔化そうとするも無駄に終わる。当然だ、相手はあの跡部景吾なのだから。それでも誤魔化さずにはいられなかった俺の心境を解ってほしい。だが跡部の唇は止まることを知らない。


「周りなんて関係ない。俺の気持ちは、絶対に変わらないから」
「……跡部」
「俺を信じろ、侑士」
俺様を誰だと思っていやがる。冗談めかして付け加えられたその一言に、また心が一気に浮上する。そうやね、我らが部長、跡部景吾なんやもんね。くすり、と笑いが漏れる。
「不安はなくなったか?」
「………おん」
心からの笑みを浮かべる。跡部の暖かい腕にまた抱き締められた。信じろ、なんて言われて簡単に信じられる程子供ではないけれど、本当は、全ての不安がなくなった訳ではないけれど…、なぜだろうか、本当に一生側にいれる気がしてならなかった。
何よりも、今はこの温もりを素直に受け入れたい。





耳元で囁かれた「愛してる」に、何故か涙が零れ落ちた。








FIN.

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