小市民狼と情報屋狐

□狐の独白
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俺はこっそり部屋の扉を開けて、まだ乃良が帰ってきていない事を確認する。
ここで鉢合わせでもしたら面倒だ。さっさと運び屋が来てくれると良いんだが。
などと思いつつ、俺はアパートの前で運び屋を待つ。
一応住所もメールで送っておいたが、どれ位の速さで来れるかは分からない。
早ければ早いほど見つかる心配が減って済むんだけど……
 
「お」
 
そこまで考えて、遠くから馬の嘶きに似たバイク音が聞こえた。
顔を上げると、道路の向こうから黄色いヘルメットを被って黒バイクに跨った黒尽くめの人影が。
俺が黒バイクに乗っていた奴――運び屋に手を振ると、運び屋は俺に気付いたらしく、近くでバイクを停める。
 
「よ、運び屋。こんなところまで悪いね」
 
『何があった? 急に痛み止めの薬を持って来い、など』
 
運び屋は言葉を発しない。
話をする時は、今のように携帯情報端末――PDAに言葉を打ち出して会話する。
……正直な話、面倒だよね。
とは面と向かって言わずに心の中に秘しておき、俺は運び屋から薬を受け取る。
袋の中には、頼んでおいた鎮痛剤が2×5錠きっちり2シート。さすが、仕事に狂いは無いな。
ま、新羅のところに無いはずが無いんだ。無かったらヤブ医者中のヤブ医者と呼ばれても過言じゃないね。
運び屋に代金を支払い、俺はポケットに薬をねじ込む。
だが運び屋は帰る気配を見せず、ただじっと俺を見つめていた。
 
「これ以上何か用?」
 
『怪我をしているなら新羅に診てもらえ』
 
「ああ、それなんだけどね。行こうと思ったんだけど、先にもう言っちゃったし、約束もしちゃったからさ」
 
『何のだ』
 
ヘルメット越しに、運び屋の訝しげな視線が見えるようだった。
だけど――そのヘルメットの下には、何も無いんだろう?
俺は軽く笑ってから、一言だけ残して運び屋に背を向ける。
 
 
 
「『病院にも医者にもかかれない』それから――
 
 
 
 
 
 
 
「『絶対に迷惑はかけない』って、ね」
 
 
 
 
 
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