小市民狼と情報屋狐

□狼さんと狐の朝
2ページ/2ページ



 
乃良は散々悩んだ挙げ句、深く溜息を吐いて青年に告げた。
 
「……迷惑をかけないなら、良いですけど」
 
「本当に?」
 
「その代わり、絶・対・に、迷惑かけないで下さいね」
 
言葉の真ん中部分を強調しながら、乃良は釘を差すように言う。
青年は軽く頷き、それから思い出したように顔を上げた。
 
「そう言えば、君の名前を聞いてなかったね」
 
「あ、そうですね。私は大神乃良って言います」
 
「俺は奈倉っていうんだ。よろしくね、乃良」
 
いきなり呼び捨てか。というか名字しか名乗らないんかい。
とツッコミたかった乃良だったが、奈倉と名乗った青年の方が彼女より年上に見えた事と、
さっき乃良が「迷惑をかけないで」と言ったので名前は名乗らなかったのだろう、と乃良は勝手に解釈した。
 
(でも、奈倉か……。この人にはあんまり似合わなさそうな名字だな)
 
「ところで、俺のコートは?」
 
「あ、そこのハンガーにかけてあります」
 
奈倉がきょろきょろと自分のコートを探していたので、乃良はコートを奈倉の側まで持ってくる。
奈倉にコートを差し出しながら「ポケットとかはイジッてませんよ」と乃良は一応伝えたが、
奈倉はコートから取り出した携帯電話を操作していて気付かなかったようだ。どうやらメールを打っているらしい。
メールを送信した後、奈倉は脇腹をさすりながら呟く。
 
「あー……痛。やっぱ痛み止めくらいは貰っといた方がいいか」
 
「だから病院に、」
 
「それは大丈夫、心配しなくて良いから。君に迷惑はかけないよ」
 
約束しただろ? と首を傾げながら言う奈倉に、乃良は少しだけドキッとした。
奈倉は、世間一般で言えば、イケメンの部類に確実に入るだろう。否、絶対に上位だ。
自覚してるのかしてないのかは知らないが、奈倉の仕草はいちいち人の視線をさらう程かっこいい。
いや、自覚があるなら計算高すぎて怖いんだが。
そう乃良が考えていたのを知ってか知らずか、奈倉は台所を覗き込む。
 
「そう言えば乃良、朝飯作ってたの?」
 
「あ、はい。奈倉さんにはお粥ですけど」
 
乃良はそう言うと、土鍋の中がくつくつと煮立ってきたので火を止める。
朝食を用意している間、奈倉はなぜかずっと乃良の後ろについて回っていた。
さすがに邪魔――否、火や包丁を扱っているので、乃良は注意しようと後ろを向く。
 
「あの、奈倉さん。火とか使っているので、危ないから居間の方に……」
 
「ん? ああ、それじゃあそうさせてもらおうかな」
 
出来たら言ってね、などと言って、奈倉は早々に居間へと引っこんでいった。
やっと落ち着いて朝食作りを再開出来る、と思った乃良だったが、ふとまな板の上を見て気付く。
 
 
 
「……」
 
 
 
――この人、本当は元気じゃないんだろうか……
 
4本から3本に減っているソーセージを見下ろしながら、乃良は本気でそう思った。
 
 
 
 
 
to be continued...
 
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ