小市民狼と情報屋狐

□狼さんの池袋到着
3ページ/6ページ



 
3月下旬、池袋。
大神乃良は来月、めでたく来良学園の1年生となる。
過去形でないのは、無論、まだ入学式も始業式も始まっていないからだ。
やっとの事で地元の田舎から出てこれたので若干舞い上がっていた乃良だが、そんな思いもすぐに萎む。
右向け右。人人人人人。
左向け左。人人人人人。
どちらも人、人、人人人人、人人人人人、人、人人、人人人人人人人、人人人人人人人人人人人人人人人人人人人。
 
――……もうやだ、コレ。流石にちょっと酔う。
 
本気でそう思いながら、乃良は池袋駅東口にある柱に背中を預けていた。
乃良の地元は、田舎と言うには人口も多かった方だが、こんなにたくさんの人間はいなかった。
だから初めて見た「人混み」というものに、乃良は最早嫌悪感すら感じている。
 
――早くアパートに向かいたいのに……仕方ない、もう行こう。
 
乃良は自分にしか聞こえないように溜息を吐き、柱から体を離して池袋の雑踏に入り込んだ。
手元にある小さなマップと自宅の住所を確認しながら、乃良は周りをきょろきょろと見回す。
 
――しっかし、人多いなー。行きたい方に向かえないよ……
 
そこで前方不注意だったのが、乃良の失態だった。
 
 
 
 
ドンッ
 
 
 
 
「っきゃ!」
 
右肩が、何か――と言うより誰かとぶつかり、乃良は持っていたマップを落としてしまう。
「ご、ごめんなさい」と少々どもりながらぶつかった相手を見上げた乃良だが、そこで固まる。
そこに立っていたのは、綺麗な金髪でサングラスをかけた、バーテンの服を着ている長身の青年だった。
驚きのあまり一瞬呼吸を忘れた乃良だったが、青年がふと視界から消えたので思わず下を見下ろす。
青年はしゃがんで、乃良が落としたマップを拾い、それについていた砂をぽんぽんと優しく払い落とした。
 
「ほら、落としたぞ」
 
「ぁ、は、はい、ありがとうございます」
 
さっき以上にどもりながら、乃良は青年からマップを受け取る。
そこに、青年の先を歩いていたらしいドレッド頭の男性か近付いてきた。
 
「静雄、どうしたよ?」
 
「トムさん。ちょっと俺とこの子がぶつかっちまって、」
 
「! だ、大丈夫ですから! ぶつかっちゃってごめんなさい!」
 
「あ、ちょ……」
 
乃良はぺこっと礼をすると、『静雄』と呼ばれた青年の制止も聞かずに人混みに紛れていった。
静雄から離れる為にしばらく早歩きでいた乃良だったが、流石に疲れて近くの電柱に寄りかかる。
 
「はっ、はぁ、はぁっ……ビッ、クリしたぁ……」
 
 
――こんなところで、『池袋の喧嘩人形』こと平和島静雄さんに鉢合わせするなんて!
 
 
心臓を押さえるように胸に手を当てながら、乃良は未だ驚きを隠せなかった。
平和島静雄。普通に暮らし生きているなら、まず話しかけられずお世話にならない人物。
『自動喧嘩人形』『破壊神』などという通称を持ち、噂では自動販売機を投げたり標識をバット代わりに振り回すとか。
そんな人物に、池袋初日から出会ってしまった。出来れば二度と会いたくない。
 
「厄介事には飛び込まない、首を突っ込まない。清く目立たず慎ましく……それが《小市民》なんだから」
 
乃良は、誰に言う訳でもなくそう呟いた。
 
 
 
 
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ