小市民狼と情報屋狐

□狼さんと狐の朝
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朝、乃良の自宅。
携帯電話のアラームが鳴る直前に、乃良はアラームを止める。
いつもはアラームが鳴り響いても起きないような毎日だったが、今日はアラームより早く起きた。
理由は、隣の布団に昨日拾ってきた青年が眠っているから。
黒髪の青年は規則正しい寝息を立てながら、無防備にぐっすりと眠っている。
夢の中にいる今の間だけは、脇腹の痛みから解放されているんだろうか。
乃良は青年を起こさないように彼の体を跨ぎ、寝室を出ていく。
リネン室で着替えを済ませた後、朝食を作ろうとエプロンを付けながら台所に向かう。
このアパートは、乃良の両親が「成人した後も不便のないように」と、わざわざ駅に近く
広い部屋を選んでくれた。それと荷物が少ないせいも相まって、随分殺風景である。
乃良はご飯を炊く為に炊飯器の電源を付けてから、他の食材を冷蔵庫から出す。
両親が共働きで夜遅くまで働いていたが故に、必然的というか強制的に自炊を行っていた
乃良だったが、それが幸を成し、今では立派に炊事洗濯掃除まできっちり出来るようになっていた。
あらかたおかずの用意が出来て、ご飯が炊けたのを確認し、乃良は青年用のお粥を作り始める。
と、寝室から物音が聞こえてきたので視線を寝室に向けると、丁度青年が部屋から顔を出していたところだった。
 
「おはようございます。体の調子はどうですか?」
 
乃良が声をかけると、青年は部屋を見回していた顔を乃良に向ける。
青年は何かを思い出しているような表情になったが、すぐに思い出せたらしい。脇腹に手を添えながら、苦々しく呟く。
 
「ああ。昨日行き倒れていたところを、君に助けられたんだっけ。ありがとね」
 
「いいえ、大した事じゃないですよ。……あと、言われた通りに救急車は呼びませんでしたけど」
 
「ああ、ありがと」
 
「これ確実に肋骨イッてるなー」と重大な事をさらりと言っていた青年だが、乃良は彼に近付き心配そうな表情を向ける。
 
「本当に大丈夫です? 病院が嫌なら、家まで送りますけど」
 
そう乃良が言うと、青年は少し視線をずらしてから彼女に向き直った。
 
「…………あのさ、実は俺、こわーい借金取りに追いかけられてるんだ。家も差し押さえられちゃってさ、帰る場所どころか
雨風しのぐところも無い状態なんだ。救急車を呼ぶなって言ったのも、金が無いからなんだよ。
もし良かったら、でいいんだけど、しばらく君の家に匿ってくれない? 迷惑はかけないからさ」
 
何だ、今の間は。
とは口に出さなかったが、乃良は眉をひそめて考える。
 
 
 
肋骨へし折られていながら救急車呼ぶなとか言うから、てっきりヤクザとかそういう仕事をしている人かと思ったが、
そうでもないらしい。しかし、どっちにしろこの人は後ろ暗い仕事でもしてんじゃないんだろうか。
……借金取りに追いかけられている事が事実だとしたら、確かに説明が付くんだけれど。
でもイヤだなぁ、私の平穏な日々が益々遠ざかっていく……
だからといって、怪我してる人を外に放り出せる程非情でもないし……
 
 
 
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