青春トラジコメディ

□日常・春
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春。それは出会いの季節。
 
 
春。それは始まりを知らせる季節。
 
 
春。それは――……
 
 
 
 
 
……暁を覚えぬ季節。
 
 
 
 
 
 
 
 
「おいミナモリ。次、移動教室だぞ」
 
「ふぇ?」
 
静雄に肩を揺さぶられて、ようやっと机から顔を上げる乙羽。
黒板を見ると、日直がチョークで書かれた文字を消している所だった。
乙羽は両手を天井に向けて思い切り伸びをして、隣に座る静雄に聞く。
 
「次は?」
 
「生物室」
 
「うわーい寝れなーい。明らか実験だよね。今日は何の実験だっけ」
 
「タマネギの根っこのヤツじゃなかったか?」
 
「あー、体細胞分裂のアレか。私は早くプラナリアを斬りたいんだけどな」
 
教科書や筆箱の用意をしながら、乙羽は静雄と他愛ない会話をしていた。
静雄は、乙羽が言った聞き覚えのない単語に首を傾げる。
 
「……プラナリア?」
 
「知らない? プラナリア。そいつって体を丸太切りにされても同じ形に再生するんだよ。
ちゃんと頭も尻尾も。でも胴体を小さく斬られるとね、頭部分と尻尾部分はちゃんと元通りになるけど
切り口からは頭しか再生しないんだよ。想像してみてよ、前も後ろも頭しかない生物!」
 
「…………ッ想像させんな!」
 
どうやら乙羽が言った物よりも恐ろしい何かを想像したらしい。静雄は若干顔が青くなった。
そこに、なぜか隣のクラスであるはずの岸谷新羅が現れる。
 
「プラナリアの実験、今年はやらないらしいよー。生物の先生が言ってた」
 
「えぇー?! あの再生していく過程が凄く楽しいプラナリアをやらないの?!」
 
「そうなんだよ! 静雄は知ってた?!」
 
「知らねぇよ。つか何でお前ここにいんだよ」
 
「凄く残念だよねミナモリさん! 僕も頭しか生えてないプラナリアを作りたかった!」
 
「私もだよ新羅君! 後はもうヤモリの再生実験を期待するしかないね!」
 
「聞けっての!」
 
そんな下らない会話をしながら、乙羽達は廊下を歩いていった。
岸谷新羅とは静雄経由で知り合った乙羽だが、どうやらなかなか趣味が合うらしい。
最近は口を開けば、静雄には全く理解出来ず通じないような理系の話しかしていない。
ちなみに『ミナモリ』というのは、「静雄が呼び間違った乙羽の名字」として
次第に静雄にも新羅にも定着していったあだ名である。
最近はクラスメイトにもこれで呼ばれつつある。
 
「あ、僕はこのまま調理室だから」
 
「家庭科? 頑張ってねー」
 
「そっちもね」
 
じゃあねー、と手を振って新羅と別れ、乙羽と静雄は生物室に入る。
がっかりとうなだれながら、乙羽は実験用机に突っ伏した。
 
「あーぁ、私のプラナリア……」
 
「プラモデルがどうしたって?」
 
向かい側に座っていた蘭太郎が不思議そうな顔で覗き込んでくる。
乙羽は「何でもないよ」と返し、生物の先生が入ってきたので机から起き上がった。
 
 
 
 
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