青春トラジコメディ
□興味
1ページ/5ページ
乙羽が転校してから、最初の土曜日。
「あー……段ボール開けダルい」
そう呟き、乙羽はベッドに倒れ込んだ。
8畳間という広くも狭くもない居住スペースに今、幾つかの段ボールが散らばっている。
本来ならこれらは数日前までに全て開かれているはずだったのだが、乙羽の面倒臭がりが発動してなかなか進んでいない。
片付けを放棄して布団の上でごろごろと横になりながら、乙羽は部屋の中を眺めた。
――あー、甲は今頃何やってんのかなー。また寮の台所を占拠してカレー研究でもしてるのかね……
♪〜♪〜♪〜
そう考えていた乙羽だったが、手元の携帯が着信を知らせたので手に取る。
ディスプレイに表示されていた文字は――『弟』。
『オイ姉貴、』
「もしもし甲?! 久しぶり! 珍しいねそっちから電話するなんて! 何、私がいなくなって寂しくなっちゃった?」
『……んなわけあるか』
通話に出た瞬間に嬉々として喋りだした乙羽だったが、相手は迷惑そうな返事をした。
つまんなーい、と乙羽がむくれると、電話の向こうで盛大な溜息が聞こえる。
『ところで、もう届いたか?』
「何が?」
ピンポーン
「……ごめん、誰か来たみたい」
電話向こうの弟に「すぐかけ直すよ」と言って通話を切り、乙羽は玄関へと向かった。
扉を開けると、そこには宅配便の若い青年が立っている。
「どうも、宅配便です」
「ご苦労様です」
青年の持つ紙に判子を押して乙羽が部屋に戻ると、また携帯が着信を知らせていた。
ふと受け取った荷物の差出人を見ると、そこには弟の名前が。
「甲、君何を送ったのよ」
『引っ越し祝い』
「なっ……いらないってば、そういうのは」
とか言いつつ、少し嬉しそうな乙羽。
通話状態のままで段ボール箱を開けると、そこには――
「…………甲、何これ」
『何だよ、気に入らなかったのか?』
「気に入る気に入らないの問題じゃないよ! 何このレトルトカレーの山!!」
そう。段ボール箱にぎゅうぎゅう詰めにされて送られてきたのは、山程のレトルトカレーだったのだ。
しかもよく見ると、「チキン」「野菜」「シーフード」「キーマ」「ドライ」など細かい種類別に分けられている。
電話向こうの弟は、声だけでも分かるくらい偉そうに告げる。
『喜べ、全部俺の手作りだ』
「喜べるか! ……でもまぁ、一応お礼を言っておくよ」
乙羽はそう言いながら、一個のカレーパックを取り出した。
ラベルには「チキンカレー(隠し味・醤油)」と書かれている。
――あれ、チキンカレー? 何かさっきも同じようなラベルが……
あったような、と思い出そうとした時、乙羽は硬直した。
「チキンカレー(隠し味・ヨーグルト)」
「チキンカレー(隠し味・ソース)」
「チキンカレー(隠し味・コーヒー)」
(ッ……こやつ、隠し味ごとにきちんと表示してやがる……!)
――しかもチキンカレーだけでこんなに?! いったい全部で何種類あるの?!
あまりに驚きすぎて感想が時代劇役者みたいになったが、誰もツッコむ人はいない。
「……まぁ、貰っとくよ。ありがとね」
『あぁ、じゃあな。……っと、姉貴』
「ん?」
通話を切ろうとした時に聞こえた声で、乙羽は赤いボタンを押し留まった。
少しの間の後に、一言だけが聞こえる。
『――ヘマすんなよ』
「……甲太郎も、ね」
無機質な音が続く携帯を、乙羽はパチンッと閉じた。