小市民狼と情報屋狐

□狼さんの池袋到着
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そう、《小市民》。乃良が地元から池袋に出てきたのは、《小市民》になる為である。
安穏として何も起こらない平和で機械的な毎日を送る為に、乃良は《小市民》であらねばならない。
《小市民》である事を、徹底しなければならない。
友を、ふるさとを、過去を全て捨ててまで、乃良は平和を手に入れると決めた。
それは強制ではない、自らが決めた事なのだ。
二度と、『過ち』を繰り返さない為に。
 
「さてと、早くアパートに向かわないと……」
 
そう独りごちて、乃良は人混みの中へと消えていく。
普通の人々の中に紛れて。
 
 
 
 
 
 
 
 
数時間後。
 
「あー……段ボール開け終わった……」
 
そう呟いて、乃良は敷かれている布団に突っ伏した。
乃良はアパートに到着して、早速先に届いていた荷物を開けたり広げたりを
繰り返し、先程やっと大半が片付いたのである。
冷蔵庫や洗濯機などの家電製品は既に設置してあるが、あと足りないのは、食材。
 
「ふう、お腹減った。今日は軽くパスタでも作って終わらせようかな」
 
乃良はそう言いながら立ち上がり、財布と買い物バックを手に部屋の玄関へ向かう。
外に出て空を仰ぎ見ると、着々と暗くなっていくのが見えた。
早く行って早く帰ってこよう、と思った乃良だったが、遠くから聞こえてきた怒声と轟音に肩を跳ね上げる。
 
 
 
ドガッッッシャ――ンッ
 
 
 
「待てやこのノミ蟲がぁぁぁあああああああ――――――――ッッッ!!!」
 
「うひぃッ?!」
 
乃良は思わず辺りを見回したが、声と音しか響いてこない。どうやらそう近くではないようである。
大方チンピラかカラーギャング連中の喧嘩だろうと思った乃良は、しかし怖いものは怖いので、足早にその場を去る。
10分も歩かない距離の場所に建っているスーパーに逃げ込むように入った乃良は、
目当てのパスタや肉に野菜、それに明日のおかずなどをさっさとカゴに入れていく。
早々に会計を済ませて乃良が店を出ると、そこには1台のバンが停まっていた。
どうやら車の窓を開けているようで、中の会話が丸聞こえである。
 
 
 
「いやー見事だったね、シズシズの『止まれ』標識フルスイング!」
 
「チンピラ共が、まるでボールのように打たれてましたよね!」
 
「しかも今日は珍しく、イザイザがまともにシズシズの拳を食らってたよねー」
 
「あー、あれは痛そうだったっすね。骨折れた音しましたもん」
 
「オイお前ら、少し静かにしろ!」
 
「「はーい」」
 
「しっかし、池袋の破壊神は不滅っすね!」
 
「もうシズシズは我らが池袋の名物だよ、名物!」
 
「静かにしろってのが聞こえないのかよ! 今ルリちゃんがテレビ出てんだよ!」
 
「イヤホン付けて聞けばいいじゃーん」
 
「窓を閉めて喋ろよ、窓を」
 
と、バンの中にいた3人がワイワイと喋っていたところに、ニット帽を被った人がやってくる。
あまり長居すると不審な顔されるかな、と感じた乃良は、彼らに気付かないようにその場を去った。
今黒服の女性が言っていた『シズシズ』というのは、多分平和島静雄の事だろう。
しかし、『止まれ』標識をバット代わりにフルスイング……駄目だ、想像できない。
自分の想像力の無さを、乃良はこの時ばかりは若干後悔した。
 
 
 
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