青春トラジコメディ
□対面
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数分後。グラウンド近くの桜の木の下。
「つッ! 痛てて……」
「ほら、動かないの。絆創膏貼ったら終わりだから。……はい、出来た!」
青年の頬に出来た擦り傷に絆創膏を貼り、乙羽は満足そうにそう言う。
斬られた左腕はきちんと消毒液をかけて包帯を巻き、他の傷にも細かく処置をした。
乙羽は小さめの救急箱に包帯などをしまいながら、腕捲りしていたワイシャツを整えている青年を見つめる。
――あんな細い腕でサッカーゴール振り回すなんて、やっぱり凄いなー。まぁ、凄さで言えば
ウチの《生徒会》連中もいろんな意味で凄かったけどね。程度が違うよー程度が。
……あれ、私もしかして、天香学園にいたせいで神経図太くなっちゃったかな?
「なぁ」
「はい?」
青年に声をかけられ、乙羽は思考を中断した。
青年は「あー」とか「その……」などと言って口籠もっていたが、しばらくして乙羽に質問する。
「……お前さ、何で俺の手当てなんかしたんだ?」
「そこに怪我人がいたから」
どきっぱり。
そう断言する乙羽を青年は驚いた表情で凝視した。
しかし乙羽は、さも当然のように言葉を続ける。
「なぜ登山家は山に登る? そこに山があるから。なぜ医者は人を治す? そこに患者がいるから。
ドラマにもよくあるシーンだけど――なぜ敵同士なのに助ける? そこに困っている人がいるから。
まぁつまり、人が行動を起こす理由なんか、いつだって簡単で単純なの。
逆に、理由がない行動は存在しないと私は仮定するね」
むしろ清々しく見える程にさらりと言ってのけた乙羽をしばらく見つめていた青年は、少し沈んだ表情になって俯いた。
「理由がない行動は存在しない、か……」
「うん」
そう乙羽が頷いてから、しばしの静寂が流れる。
風になびいてさらさらと木の葉が擦れ合う音のみが、その場を包んでいた。
不意に、青年が口を開く。
「何で聞かないんだ?」
「何を?」
「……さっきの」
「喧嘩?」
「うん」
「だって、聞いてほしくなさそうだし」
「……そうか」
静寂。
今度は、乙羽が先に口を開いた。
「聞いてほしいの?」
「……いや」
「でしょ?」
再度、静寂。
また青年から口を開く。
「……別にさ、俺から喧嘩をふっかけた訳じゃないんだ」
(結局言いたいんかい)
「先公に呼び出された帰りにグラウンドで、アイツらに『気に食わない』とか言われて
ナイフで斬りつけられてさ。そしたら俺、ちょっと、キレちまって……」
「で、ああなったと」
こくり、と頷く青年。
乙羽はそれを、静かに聞いていた。
やはり原因は、あの野郎共か。そりゃそうだろうな、と乙羽は考える。
こんなに大人しそうな人が、自分から喧嘩をふっかけに行くようには見えない。
売られた喧嘩は買っても、自ら喧嘩を売るような性格ではないのだろう。
この人は悪くないじゃないか。他の人よりちょっと目立つ金髪で、他の人よりちょっと沸点が低くて、他の人よりちょっと力が強いだけじゃないか。
「悪くないよ」
「え……?」
「君は、悪くない。悪いのは、君に喧嘩を売ってきた人だよ」
自分が思ったままの事を、素直で正直な考えを、乙羽は青年へ述べた。
青年はまた、ぽかーんと呆けたような表情で乙羽を見ていたが、今度はすぐに顔を逸らす。
「……そうか」
「うん」
乙羽は満足そうな笑顔で頷いてみせた。
青年の頬が少し赤く見えるのは、気のせいだろうか。
と、突然乙羽は前振りも何もなく立ち上がる。
「さて、私はもうちょっと学校を見て回ろうかな」
「ぉ、おい」
「ん?」
空に向かって大きく両手を伸ばしていた乙羽に、青年は慌てたように声をかけた。
乙羽が振り返ると、まだほんのりと頬を赤くしている青年が、明後日の方向を見ながら
「……ありがとな」
と、小さく呟いた。
それを見た乙羽は、少しだけびっくりした後に、満面の笑みを青年に向けた。
「どういたしまして!」