◆PSYCHO-PASS
□3係の狡噛さん
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【3係の狡噛さん】 お父さんと 呼ばないで 犯罪係数 上がりそう(父親の苦悩の句・佳作)
「なぁ、狡噛。お前その…高校は伸元と一緒だったんだろ?」
狡噛が休憩所で珈琲を飲んでいると、珈琲カップをもった征陸が隣に座りながらそう言う。
「あぁ、そうだけど…」
狡噛は少し歯切れが悪そうに答えた。
なにせ征陸は宜野座の実父であり、宜野座がこの世で一番恨んでいる人間だ。高校時代も嫌というほど征陸に対しての罵詈雑言を聞かされている。
そうでもしないと宜野座は自分の色相を保てないのだろうと、好きにさせてやっていたが、こうして征陸に直接高校時代のことを聞かれるとどことなく居心地が悪くなる。
「伸元は、どうだった…?」
「どうって…」
何を話せばいいんだ。
「俺のことを、恨んでんだろ…アイツぁ…」
征陸は音を立てながら熱い珈琲を啜る。狡噛は何か言おうとしたが、あいにくいい言葉が思い浮かばない。
このまま黙っていたらそうだと言っているようなものだ。いや実際そうだったのだが…。
「無理になんか言おうとしなくてもいい。俺はアイツになぁんにもしてやれなかったしなァ…」
「なぁ、征陸さん…」
「なんだ?」
狡噛はぼやいた征陸の方を向いて、狡噛はじっと征陸の目を見つめた。
「ギノは、勉強熱心で、公安局に入るために法律の勉強を頑張ってたよ」
小さく息を吐いてから、狡噛は話し始める。征陸は膝に肘を置いた体制から背筋を伸ばした。
「法学部じゃ、あいつほどいい成績を修めた奴はいなかった」
「そうか…」
少しだけ顔を綻ばせた征陸が、どこか誇らしげな様子で感嘆の声を漏らす。
「俺がいなくても、アイツぁ立派に監視官にまでなったんだもんなぁ…」
カップの中の珈琲をブランデーの様にくるくると回しながら征陸がそう言った。
「…でもなぁ…あ、これは独り言だが…、正直俺ァ、アイツにこんな仕事させたくないんだよ。なにも公安局に入らなくったって…」
親心というのだろうか。潜在犯に直接関わる仕事だ。サイコパスに影響が出ないとも言い切れない。10年の勤めを果たせば晴れて厚生省の官僚に昇格できるわけだが、その10年の勤めを果たせずに消えていった人間も多くいる。
征陸はふーっと長いため息をついた。
「そりゃ親のエゴだよ、征陸さん…」
「…そうだなぁ…」
苦笑した狡噛に、征陸も苦笑しながら答える。
「…俺は親父とは死別してるから、そういうのっていうのは、正直羨ましいと思うけどな…」
狡噛がそう呟くと、征陸はじっと狡噛の方を見つめた。
「お前、伸元にはなんて呼ばれてんだ」
「え? あ、コウ…って呼ばれてるけど…」
突然そんな事を聞いてきた征陸の意図が分からずに、狡噛はありのままを答えると、
「お前ら仲いいんだな」
征陸は小さく笑いながらそう言った。
「ありがとな、コウ…」
無骨で大きな手が、狡噛の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「わっ! やめろよ!」
狡噛は急に照れくさくなって頬を紅潮させた。
父親の温もりというのは久しく忘れていたが、こんな感じだったのだろうか。
「な、なぁ…征陸さん」
「なんだ? コウ」
狡噛の愛称が気に入ったのか、征陸はご満悦の表情だ。
「い、いや…お父さん、なんか照れくさいです」
「……」
ちょっと調子に乗りすぎただろうか。狡噛の科白に、征陸の表情が笑顔のまま硬直したのがわかる。
「…コウ、お父さんはやめてくんねぇか…」
ピシリ、と空気が裂ける音が聞こえてきそうだ。
「伸元は…お前にはやんねぇぞ…」
「……」
征陸にこの手の冗談は通じないようだった。
2013.5.15 瀬田 真殊