◆PSYCHO-PASS

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Colors -2-




「ギノせんせーはさぁ、ちょっと堅苦しすぎるんじゃねぇの?」

笑いの混じった声で、佐々山が言う。
椅子を本来の使い方とは逆に座った状態で、背凭れに腕を乗せながら宜野座の頬を指でつついた。

「っ、やめろ。仕事の邪魔だ」

刑事課に配属されて、監視官という立場を与えられて数ヶ月経つが、この執行官の扱いにどうしても慣れない。
執行官という人間は、みな潜在犯だ。
潜在犯に失うものなんかもう何もないと、佐々山は言う。
あっけらかんとした口調でそんな事をいう彼らの思考を理解しようとは思わなかった。
人間が言う言葉というよりは、悪魔の囁きに近い。
ともすれば、潜在犯になった方が人生楽しいとまで言われそうだ。

「貴様らと馴れ合うつもりはない」

佐々山の方を見ずに、宜野座は空中入力デバイスを叩き続ける。

「…ふーん。でもさぁ、ギノ先生は狡噛には入れ込んでるよねぇ…」

言われて、ピタリと宜野座の手が止まる。
しまった、と思ったときには遅かった。
動揺を悟られたくないと思いながらも横目で佐々山の表情を伺えば、ニヤリと笑みを浮かべる佐々山の姿が見える。
宜野座の眉間に日本海溝並みのシワが刻まれた。

「図星…」

言い返す言葉もなく、ただ奥歯を噛むことしか出来ない。
この男は一体何が言いたいんだと、苛立つばかりだ。

「全国1位だっけ? あいつ…すげーよなぁ…」

ぎしっと椅子を軋ませた佐々山が、胸のポケットから取り出した煙草を咥えながら呟く。
カチンとジッポの蓋を開ける音がして、焦げ臭い匂いが辺りに広がった。

「離れて吸え、目にしみる」

機嫌の悪い宜野座にとって、今の佐々山の行動はどれをとってもカンに障る。
仏頂面で佐々山を睨みつけてそう言うが、佐々山は態とらしく煙を吹きかけてきた。

「いい加減にしろッ!!」

怒鳴り声を上げた瞬間だった。
さもおかしそうに声を上げて笑う佐々山の背後から手が伸びてきて、指に挟まれていた煙草が奪われる。煙草を取り上げられたことに驚いた佐々山が椅子から転げ落ちそうになっていた。

「あんまりギノを揶揄うなよ?」

やれやれといった表情でそう言ったのは、先程まで話題に上がっていた監視官の狡噛だった。
狡噛が奪い取った煙草を灰皿に押し付けると、「まだ一口しか吸ってねぇのに!」と佐々山が悲鳴のような声を出す。
そんな二人の様子を見ながらも、宜野座は落ち着かない気を紛らわすことができない。
狡噛は一体いつからここに居たのか。
おそらく、たった今来たところなのだろうが、肝が冷える。

「…執行官一人に手間取ってる場合じゃないぞギノ」

ふぅ、と溜息をついた狡噛がそう言いながら、隣の位置に据えられている自分のデスクへと座った。
揶揄っているのはお前も同じなんじゃないのかと、宜野座は腑に落ちない顔で狡噛を睨む。
いつだって狡噛は一歩先を歩いているような余裕があった。
佐々山という執行官の扱いもそうだ。それはまるで親友のような匂いを感じさせる。潜在犯と馴れ合うなど、宜野座にとっては考えられない話だった。
仕事以外では関わりたくもない。
ここにいる人間でなければ撃ち殺しているような存在なのだ。それなのに狡噛はどうしてそんな風に付き合えるのか。
それは宜野座の理解の範疇を超えていた。

「そんなに邪険に扱わなくてもいいだろってこったよなぁ、狡噛」

そんな宜野座と狡噛のやり取りと見て笑っていた佐々山が、いつの間にか取り出した煙草を燻らせて言う。
宜野座の口からは人知れず深い溜息が漏れた。

「もう一回出てくるから、あんまり喧嘩すんじゃねぇぞ」

暫くして書類が山積みにされたデスクの上から何枚かを手にとった狡噛が、言いながらオフィスを出て行く。
そうしてまた執行官と二人だけの空間に置いていかれた宜野座はじろりと佐々山を睨んだ。
また余計なことをいい出すのではないかと気が気ではない。

「なぁ…ギノせんせぇ…」

意味ありげな口調で、佐々山が宜野座の名前を呼ぶ。
無視しようかどうしようか、宜野座は逡巡した。

「セックスしたことある?」

返事をする前に質問されて、宜野座は思わず佐々山を凝視する。
「は?」と、意味を理解した瞬間頭が真っ白になった。ぽかんとした表情をしたまま、宜野座は硬直する。質問の意味は理解できる。理解はできるが、何故そんな質問をするのかが理解できなかった。
その質問をするにはあまりにも唐突過ぎたし、脈絡もない。
相手が何を考えてそういう質問をしてきたのかが全く理解できずに、宜野座はただただ混乱するばかりだった。





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