Novel:Black

□+Holding you,and...+
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カノンと恋仲と呼べる関係に発展してから手を繋ぐのに二週間、唇を触れ合わせるのに三週間と少しかかった。それが一般的に早いか遅いかというのは俺にはわからない。
明日のコンサートの流れを紙面にて確認しようと手元に目を落とす。けれども思考は俺の隣で、優雅にソファに身を沈めているカノンのことばかりだった。


「ね、アイズ。キスしてもいい?」


既に俺の首に腕を回しているというのに、この男は何を今更。一々聞くなという意味を込めて笑みを湛えているカノンに視線を送れば、小さく笑い声を零して唇を合わせてきた。

柔らかくて、温かい。瞳を閉じて感覚だけを味わう。初めの頃はあまりに強く相手を意識してしまい、鼓動の激しさに気をとられてばかりで感じる余裕すらなかったというのに。


「………」


数回啄むようにキスを繰り返して、離れる。この瞬間がいつも酷く名残惜しい。近頃俺は唇を軽く触れさせるだけのそれに、些か不満を覚えはじめていた。


(……足りない)


いつだったか熱を残したまま去っていくそれを追いかけて再び重ね合わせれば、すぐにカノンからも押しつけてきた。自然に深くなるものと期待していたが、触れる回数が幾つか増えただけだった。
またある時は恥を忍んで離れてゆく前にカノンの唇を少しだけ舐めて、自分なりに誘ったりもした。カノンは驚いたというように瞳を揺らめかせてから微笑み、俺の頭に温かな手のひらを乗せてキスをひとつくれた。

頻繁に交わされる口づけに飽くことはなく、それどころか欲するばかりで。浅ましいと思いながらも、更に深く、相手の全てを手中にしたいと己の奥底から渇望する。
決して行為自体を不満に思っているのではない。満たされたそばから、早くも欲しくなる――足りない、そう、ただ足りないのだ。


「カノン」
「ん? どうしたの、アイズ」


ああ、やはり言葉にするのは苦手だ。伝えたい想いはあるのに、口を開いてみれば音にすることは叶わない。そもそも言語というものは心情などを具体的に表す為のひとつの手段でしかない。言わば後づけされたものだ。この名付けようのない甘苦い感情を言葉にしようと試みることこそが、根本的に間違っている。


「カノ、ン」


僅かに首を傾げて、口ごもる俺の言葉をカノンは待つ。視線で訴えてみるものの、伝わることはなくて心が痛む。カノンは恋愛云々を抜きにしても自分の一番の理解者であり、大抵は口にせずとも察知して的を射た反応を返してくれる。
それでもやはり俺達は別個の人間で、全てを正確に読み取るのは不可能であることは言うまでもない。頭では理解しているものの、かといって言葉にすることも出来ず――散々葛藤した挙句、俺は意を決して自ら行動に出ることにした。


「アイズ? 具合でも悪――」



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