Novel:Black

□+innocence+
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殆どの生徒が下校した放課後。
全てが茜色に染められ黒々と影が伸び、音が昼間よりも静かに響く廊下を出席簿片手に歩く。
これを所定の個所に仕舞えば、本日の業務は終了だ。
職員室の扉に手をかけたところで、不意にばたばたと駆ける音に気付き頸を回す。


「せんせ、」
「久籐くん!」


学席番号6番、久籐准。
自分の受け持ちの生徒であり、内密ながらそれ以上の関係も結んでいる。
少しあがった息を整えて、柔和な笑みをこちらに向けてくれた。
つられて、微笑む。


「……廊下を走ってはいけませんよ。」


一応、教師らしく注意をする。
しかし綻んだ表情では、効力はないだろう。


「すみません、一刻も早く先生に会いたかったものですから。」


優しげな笑みを口元に湛え、准は真っ直ぐに望を見つめる。
心臓を射抜かれるような気恥しさにぷいんとそっぽを向くと、再度呼ばれたので緩慢な速度で彼のほうに視線を戻した。


「い…、一体どうしたのです?とうに下校時刻は過ぎていますよ?」
「これを、先生に渡したくて。」


一度校舎を出たんですけど、戻ってきちゃいました、という科白とともに差し出されたのはほんのりと甘い香りのする、多数の白い小花の束であった。
咄嗟に受け取り、驚きを隠せないまま彼を見る。


「先生にぴったりだと思って、近所の人に分けて貰ってきたんです。」
「……それは、どうも。」


嬉しくないわけではない、好意を持っている人物からの贈り物だ。
逆接を滲ませた複雑な面持ちの望に、准はくすりと笑みを零した。


「自分には不似合いって思ってます?」
「!やっぱり久籐くんは心が読めるのですね!?絶望した!!」


駆け出そうと踵を返すが、自分よりも素早く動いた彼に後ろから抱きしめられる形で捕まえられてしまった。
二度目の、絶望。


「ね、この花の名前って知ってますか?」
「……ジャスミンでしょう。」


正解、と落ち着いた声音で囁かれ顔中が朱をふく。
逃れたいと身を捩るが、腰辺りに巻きつけられた両腕がそれを許さない。
随分と年の離れた子供にいい大人が翻弄されているなんて、泣きたくなる。


「じゃあアラブ語では何と言うかご存じですか?」



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