Novel:Blue

□+低調バイオリズム+
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今年は珍しく梅雨らしい梅雨のようで、途切れることなく連日静かに雨が降っている。気分としては既に一ヶ月は経過しているのだが、天気予報が正式に梅雨入りを報せたのは丁度一週間前のことだった。


「早く明けないかねー…」


薄暗い放課後。一面低く垂れ込める曇り空を見上げた俺は、誰もいない玄関でひとりごちた。好き嫌いの問題ではないが、こうも雨続きだと太陽が恋しくもなるわけで。俺は今日も傘を広げ、学園を後にした。
土手沿いを徐に歩く。纏わりつく湿気を鬱陶しく思っていると、ふと前方に見知ったおさげの娘が佇んでいることに気がついた。
人気のない道端。辺りがうっすらと煙る中、彼女は傘も差さずにただ真っ直ぐ右手を空へと伸ばしている。


「何してんだ?」


驚きと不可解が混ざり、口をついて出た。彼女は妙に真剣な顔つきで、隅々まで広がる厚い雲の更に奥を掴もうと試みている風だった。自分も彼女の指先、そして絶え間なく雨が降り注ぐ空を見上げるが、特別変わった様子はない。俺は首を捻った。


「あら、浅月さん」


不意に俺の存在を認識した彼女は、腕を下ろして此方を向いた。俺は止めていた足を動かし、俺と彼女の間に転がっていたオレンジ色の傘を拾い上げる。大粒の水滴が落ち、水たまりに幾重も波紋が広がった。


「雨の筋が細くて蜘蛛の糸のようだったので、何だか掴めそうな気になりまして」


オイオイ、端から見りゃ怪しい人だぞ。


「救いでも求めてんのか?」
「そうですねえ…」


彼女は雨粒を受け止めるように自分の手のひらを眺める。一瞬の間を置いて、「ちょっとしたバイオリズムの低調期なんですよ」と微笑した。
制服はしっとりと濡れ、柔らかそうな髪も束になり透明な滴をあちこちにくっつけている。どれくらいの間、彼女は此処に立っていたのだろう。
俺は彼女の傘を畳み、珍しくアンニュイな表情を見せた彼女に自分の傘を差しかけた。


「空模様が移ったような顔だな」
「……そんなに曇ってます?」
「ああ、オマケに頭に白い三角巾がついているのが見えるぜ」


雰囲気を塗り替えようとして、俺は口端を僅かにあげて軽口を叩いた。すると彼女は小さく吹き出して「幽霊はひどいです」と訴えた。
そうだ、笑ってろ。曇った表情なんかより、そっちの方がずっとマシだ。


「嬢ちゃん家が何処だか知らねーが、亮子の家のが近いだろ。此処から五分だ」
「大丈夫ですよ、もう帰りますから」
「バカ、一応人の子なんだからそのまま歩ってたら風邪引くだろ」


「一応って何ですか!」と拳を振り回す彼女の腕をとって、側へと引き寄せる。衣替え前の赤いブレザーは、水分を含んで重たく冷えていた。


(いつから立ってたんだよ…!!)


チッと舌打ちをする。何故か、無性に腹が立った。傘を持たせ、ブルーの制服を脱いで彼女の肩にかけてやる。うわ、寒ッ。
かけられたそれに手をやりながら、意外そうな顔が見上げてくる。何だよという台詞を包んだ視線を返せば、彼女は口元を笑ませてそれに応えた。


「浅月さんって紳士的なんですね、知りませんでした」
「ああ、覚えておいてくれ」


降り続く雨の中をふたり、一本の傘を分けあって歩く。思い切って指を絡めれば、冷たい手が握り返してきて密かに安堵する。何処へ繋がっているかもわからない頼りなさに縋るより、この繋いだ手のほうが何倍も確かだ。



+fin+

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