Novel:Blue

□+軸+
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銃の引き金を絞られる前に相手を蹴り飛ばす。そしてバランスが崩れた瞬間を見計らって、左胸にサバイバルナイフを沈み込ませる。あっさりと刃を引き抜くと、鮮血が勢いよく噴き出した。呻く声もなく床に倒れた人物を一瞥し、俺は襲いかかってきた全てのハンターを殲滅したことを確認して息を吐く。


「ッ、ふぅ…」


朽ちかけた建物から出ると、灰色の重たい空が俺を出迎えた。しとしとと降り注ぐ細い雨。激しく降っていてくれりゃ、少しくらいは天の恵みだと思えたかもしれねえのに。湿った身体は、明らかに鉄の匂いを纏っている。
上着に飛び散った赤を隠すように折りたたみ、小脇に抱えた。さりげなく辺りに目を泳がせながら、警戒を続ける。呼吸を深くして、徐にぶらさげていた手のひらを雨空に翳す。この手で、数え切れないくらいに人を殺した。屍を越えてまで、俺は生きる価値があるのだろうか?


「………」


亮子の家の前まで辿りついて、ドアを開けようとする手が一瞬だけ躊躇いをみせる。刹那。何の前触れもなく、衝撃が俺を襲った。


「いってええええええ!!!!」


ゴン、と鈍い音がしたことに、家の中から現れた人物は目を丸くした。その場に蹲った俺は額を押さえ、脳内に響く痛みに涙目で堪える。


「香介」


聞き慣れた声に顔を上げ、加害者を睨みつける。私服の亮子が片手に傘を持ち、俺を見下ろしていた。


「痛ってーな。星が飛んだぞ、星が! 亮子、ちゃんと確認してからドア開けろよな!!」
「ぐずぐず突っ立ってるほうが悪いんだよ。丁度いいや、ついてきな」
「あ? 何処行くんだよ」
「夕飯の買い出し」


一人で行けよと呟いたら、重い拳が飛んできた。この暴力女め。
上着を玄関に投げ置いて、俺はひったくるように亮子の傘を奪い取った。
止まない雨を遮りながら、一本の傘を二人で分け合って歩く。ノイズのような雨音。


「香介、血の匂いがする」


眉を顰め、心配が見え隠れする亮子の瞳に、心の奥が揺れた。俺は帰還したことを、実感を持って彼女に知らせようと腕を伸ばす。そして、すぐさま窘めるように固く握りしめた。あらゆる凶器を操り、他人を幾度も強制的に絶命させた、己の手を。
互いに暫く押し黙ったままでいると、不意にあたたかな何かが俺の甲に触れ、驚いた拍子に閉じていた指先の力が弛んだ。その隙を衝いて有無を言わさず開かされ、手を取られる。
俺は戸惑いを表情に露呈したまま、繋がった先の人間を窺う。短い髪から覗く耳は、ほんのり赤く染まっているように見えた。


「香介、」


後に続くであろう言葉を、俺は大人しく待った。ほんの少し間があいた後、さらに、絡めた指先に力がこめられる。―――熱が、想いが。この歪んだ心まで伝わってきた気がした。


「………おかえり」


亮子が呟いたその一言は、胸の奥で目覚めるように弾け、波紋するように俺の全身に渡り、浸透した。ああ俺は今。生きて帰ってきて、コイツの隣にいるんだ。
闇から蘇生し、痛いほどの感情がリアルに湧きあがってきては押し寄せてくる。しっかりと、俺よりも小さなそれを握り返した。


「おう、ただいま」


傷だらけの心から発せられた声は、自分で思うよりやわらかだった。
僅かに口角を上げて、俺は泣きっぱなしの空を見上げる。天から見放されたとしても、堕ちた先は案外、悪くはないのかもしれないな。
憎くて愛おしいこの世界で、俺たちはもう少しだけ、肩を寄せ合って生きていく。



+fin+

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