Novel:Blue 3

□+星に決意+
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さらさらと。
涼やかに細い葉同士が擦れ合う音が、暑気を刹那忘れさせてくれる。
誰が用意したのか不明だが、校庭の片隅に二メートル程の背丈の笹が、折り紙で作った網飾りや五色の短冊を括りつけられて設置されていた。
紺色の浴衣を着た准は、校舎から漏れる明かりで漸く読める願い事にいくつか目を通してから、隣で緩やかに扇子を動かす望に笑いかけた。


「白、似合いますね」
「私が一番着てはいけない色だとは、重々承知してはいるのですが…」


折角久藤くんがプレゼントしてくれましたので、と仄かに頬を染めて望が呟く。
羞恥と嬉しさを滲ませた声音に、矢張りすぐ顔を赤くする恋人には白が似合うと、准は改めて望の浴衣姿を堪能する。
一見無地に見える浴衣だが、実は薄っすらと縦縞が入っている。
細腰を締めている帯は濃い灰色で、シンプルなのにどことなく色気が漂っている気がして、心が落ち着かなかった。


「ああでもそのうち着ることになるでしょうから、似合う似合わない別にしても「先生」


浮き立った気持ちに、冷水を浴びせられた気分だった。
それでも、無意識に言ってしまった自分の台詞に絶望して涙を浮かべながら口籠っている望への愛しさは、少しも揺らぐことはない。
ただただ死にたがりの彼を現世に繋ぎ留めておきたいと、准は望の背後から腹部に腕を回して引き寄せた。


「好きです」


逝くな、とは言えない。
言葉で縋り引き止めておけるのなら迷いなくそうするが、不安定な精神と迅速な行動力を併せ持つ彼を、過度に縛りつけてはいけないのだ。
思うままに吐き出せない単語を、准は望のうなじ近くに唇を寄せ、そこをキツく吸い上げることで飲み込もうとした。
体躯に似た、か細い悲鳴が漏れ聞こえたが構わない。
執拗に同じ箇所を攻め立てれば、走る痛みに腕の中の愛しき先生は身を捩り、逃げようとする。


「いた、久藤くん、痛いです…!!」


完全に泣き出してしまった望に名を呼ばれ、准は名残惜しげに滑らかな肌から唇を離す。
顔を上げ、確認するよう視線を遣れば望の首筋には紅い華がひとつ、燃えるように見事に咲いていた。
准はひっそりと薄く微笑んだ後、目の前でふるふると震える肩に自身の額を当て、切なげに謝罪する。


「ごめんね」
「いえ…私こそ」


ぎゅ、とより隙間なく密着すれば、泣き止んだ恋人が淡く安堵の息を零した。
微風に吹かれて緑の枝葉が軽く揺れ、短冊が一斉にくるくると回る。
准はこの手に抱く華を延命させる術が上達するよう、夜空に流れる川を仰いで決意を誓った。



+fin+

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