Novel:Blue 3

□+私達の一秒+
1ページ/1ページ



「おーい、亮子ー俺が悪かったって「うるさい馬鹿ッ!!」


ばふんと香介の顔面にクッションを叩きつけ
て、力任せに自室の扉を閉めてやる。
カギはかけられないから簡単に開けられるのに、姿を見せぬまま足音は遠ざかっていった。


「亮子ちゃん、いつまで怒ってるの?」
「………さあね」


部屋を訪ねてきた理緒から差し出されたココアをちびちびと飲んでいると、不意に問いかけられた。
ツインテールを揺らした理緒は、人差し指を顎に当てて首を傾ける。


「というか、何が原因なの?」
「……忘れた」


些細なことだったとは思う。
今となってはただの意地だ。


「ねえ、亮子ちゃん」


くりっとした瞳に見据えられる。


「私達の一秒先が、平和なんて限らないんだよ」


だから、ほどほどにね。
そう言って、理緒はココアに口をつけた。
ベッドの縁から伸ばしていた脚を引き寄せて、亮子は押し黙ったまま膝を抱えた。

喧嘩から一週間。
三日目から香介は亮子の家に帰って来なくなり、五日目から学園内でも顔を合わせることがなくなった。
それでも香介のことを思い出さない日はなかったけれど、連絡を躊躇うばかりの日常が過ぎていった。

理緒の言葉が頭から離れない。
私達の一秒先が、平和だなんて限らないんだよ。
わかってるさ、私達はブレード・チルドレンなんだから。


「高町先輩、お疲れ様でした!」
「ああ、気をつけて帰りなよ」


礼儀正しく挨拶をされて、陸上部の後輩と駅前で別れる。
ひらっと振った手を腰に当てて、亮子は本日一の長い溜息をついた。

帰っても、今日も香介は居ないかもしれない。
シュレディンガーの猫よろしく自宅の扉を開けるのを引き延ばそうと、遠回りして帰途に着くことにした。

徐に歩き、ゲームセンターの前に差し掛かったところで、タイミングよく出てきた人物とぶつかりそうになる。


「「あ」」


見慣れた赤毛はすぐさま方向転換をして、疎らな人波をすり抜けて遠ざかろうとする。
やや反応が遅れたが、それくらいハンデにもなりやしないと月臣学園陸上部のエースは力強く地面を蹴った。

増していく速度に比例して、徐々に、お互いの距離が縮まっていく。

私達の一秒先が、平和なんて限らないんだよ。
わかってる、だから、


「ッ香介!!」


手を思いっきり伸ばして香介のパーカーのフードを掴んで引き止めると、首が絞まったらしく苦しげな声が上がった。


「あ…ごめん」


それでももう逃げられたくなくて、フードから手を離す代わりに服の裾を左手で摘んだ。
咳き込んでいるけれど、久し振りに耳にする香介の声。
口元に手を当てながら呼吸を整えつつ、ズレた眼鏡をかけ直す仕草。
もっと存在を感じたくて、亮子は香介の背中に額をすり寄せた。


「………帰ってきて」


ぽつり、と呟かれた亮子の言葉に心底驚いたと目を瞬かせた香介だが、じわじわと顔を赤くして、笑みを深くする。
腕を後方に回し、夕闇の中でも分かるほど耳を真っ赤に染めた亮子の髪を、香介はそっと撫でてやった。


「香介。私ら、何で喧嘩してたんだっけ」
「……忘れた」


しっかりと握られた手を見遣れば、昔よりも厚みがあって、亮子よりも大きい。
やけに自分の柔さを思い知らされて、現在の香介との違いに悔しくなる。
あの頃と変わらない想いは歪だけれど、それでも確かに形を保っていた。



+fin+

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ