Novel:Blue 3

□+イエロー・ムーン+
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「よう、偶然だな。鳴海弟」
「家のドア前で、偶然も何もないだろう」


心底めんどくさそうな歩の表情に気を良くして、香介は悪戯が成功した子供みたいに歯を見せて笑った。
それから徐に、ジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、よっこらしょ、と立ち上がる。


「流星号、引き取りに来てやった」
「…駐輪場にちゃんと保管してある」
「レンタル代は飯一食分でチャラにしてやるよ」


意地悪く口角を上げる香介に、歩は観念して嘆息した。
キッチンに立つ歩を眺めながら、リビングで待機していると、テレビでも見てろとリモコンを寄越される。

ニュースが明日の天気を流し始めた頃。
ほわりと出汁の匂いの湯気とともに、温かい蕎麦が香介の眼前に運ばれてきた。


「今日はねーさんが居ないから、適当だぞ」
「充分だ。伸びるし、先食べても良いか?」
「どーぞ」


そこにあるのが当然ってカンジに、具材を配置するモンだよなぁ。
薄雲に覆われた満月のような芋の天ぷらに、二つにカットされた半熟玉子の断面も、さながら月のようだ。
きっちり積まれたほうれん草など、形を崩すのが何となく惜しくなり、丼の端の方から蕎麦をすすった。


「芋名月ってか」
「さつまいもだが、まあ良いだろ」


きちんと手を合わせ、香介の向かいに座った歩も箸に手を伸ばした。


「そういや、今日は十五夜か」
「何だ。気づいてなかったのか」
「生憎そこまで暦を気にしてねえモンでな」


昔、貴族達は空ではなく水面や注がれた酒に映る月を愛でたという。
蕎麦つゆに浮かんだ名月を眺めつつ。
香介は歩が飲み物を取りに行った隙に、歩の丼から芋の天ぷらをひとつ、慣れた手つきで泥棒した。



+fin+

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