Novel:Blue 3

□+純粋なところだけ切り取って+
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薄い紙が擦れ合う音だけが響く、新聞部部室内。
今しがた2時限目のチャイムが鳴ったはずなのに、机を挟んで向かい合わせに座る学生二人がそこに居た。


「何枚か重ねて、ペンの腹で強く押し付けながら折れば早いのに」


一枚一枚、A4サイズに刷り上げた新聞を三つ折りにしていくひよのの様子を見つめ、片肘をつきながらカノンは言った。


「良いんですよ。大した量はありませんし」
「非効率だなぁ」
「無駄を楽しんでいるんです」


手元に視線を落としたまま、キッパリと返答する彼女は自分の期待を裏切らない。
黙々と紙を折っていく指先は繊細で、ただただ見つめているのは本当に愉しい。
常に自分本位に振る舞う彼女を、僕は大層気に入っているのだった。


「まだ此処にいるつもりなら、お茶でも淹れてください。見られてばかりいると気が散ります」


笑みを深くして、カノンは徐に席を立った。
新聞部部室には簡易的なキッチンがあり、ティーセットも常備されている。
慣れた手つきで湯を沸かし、お茶菓子が仕舞われている戸棚を開けた。


「ふむん」


柔らかなパステルカラーの楕円が5つ入っている、透明なラッピング袋が目についた。
フランス語で幸福の種を意味し、幸せを運ぶと言い伝えられているドラジェ。
イタリアでは『幸福、健康、子孫繁栄、長寿、富』を表す5粒を贈るのが基本だ。

明らかに手作りだとわかるそれは、昨日が3月14日だということと関係があるのだろうなと確信をもって推察した。
そして、それを作ったであろう人物も。

リボンを解き、小皿にカラフルな糖衣菓子を移し、これに合う茶葉はと別の棚を開けた。
迷うことなく、ディンブラを取り出す。


「ここに置いても?」
「ええ、ありがとうございます」


かしゃりと小さく音を立ててソーサーが机に置かれたのを合図に、最後の一枚を折り終わったひよのが顔を上げて微笑んだ。
軽く目蓋を閉じて紅茶を味わう彼女の睫毛は、柔らかそうにカールを描く。


「カノンさんの淹れる紅茶は、いつも絶妙に美味しいです」
「ありがとう。味に厳しいお姫様に鍛えられているせいかな?」
「ははあ、それはそれは。とっても優しいお姫様がいるものですねえ」


カノンは小さく笑みを返しながら下唇にカップの縁を触れさせ、静かに真紅の液体を口に含んだ。
ふわり、と花のような甘やかな香りが自身を満たす。


「…?何ですか?」


驚きと疑問を孕んだ声音とともに、大きな瞳がこちらに向けられた。
僕が菓子に伸ばされた彼女の指先を、取るように手のひらで制したからだ。


「どうぞ、召し上がれ」


もう片方の手で皿に乗る一粒を摘み上げて、戸惑う彼女の柔らかそうな唇に押し当ててやる。
僅かに眉間に皺を寄せられたが、引くつもりのない自分の態度に諦めたのだろう。
シュガーコーティングされたアーモンドは、そっと彼女の口内に消えていった。

5粒それぞれにこめられた願いの、どれを彼女は咀嚼しているのだろうか。
僕が食べさせたその一粒が、彼女の幸せに繋がるものであったら良いと、夢のように思った。



+fin+

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