Novel:Blue 3

□+Orange+
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歩は僅かに眉を顰めて、スポンジを握る泡だらけの手を止めた。


「何で俺が作らなくちゃいけないんだ?」
「ええやん。来月の練習やと思って!」


な?と火澄は片目を瞑って両手を合わせて、態度にも表し、歩に頼み込んでみせた。
イベントにでも託けないと、歩と恋人らしいやり取りなんて中々出来ないのだ。
そんな火澄の願いを、歩は慣れた様子でさらりとあしらう。


「来月にバレンタインが控えてるからって、俺には何の関係もないぞ」
「そんなつれないこと言わんで、俺に愛のこもったチョコを作ってくれ」
「火澄、眠いならもう寝ろ」


拗ねて頬を膨らませた火澄を一瞥して、歩は呆れ顔で拭き上げた皿を片付けていった。


ーーーーー
ーーー
ーー


「何やっけ、その名前」
「オランジェット」


いつも通り帰宅途中にスーパーに寄ったら、たまたまオレンジが安かったし、チョコレートもおつとめ品コーナーに置かれていた。
輪切りにして煮詰めてと、手間はかかるが、頭の中と現実でチョコチョコうるさい火澄を大人しくさせるには丁度良いと思っての選択だ。


「さすが歩。プロも裸足で逃げ出すほどの完成度やな」


クッキングシートからオランジェットを白い皿に並べていくと、ステンドグラスのように透けたオレンジがキレイに輝きを放つ。
歩は少し重みのある最後の一枚を摘み上げて、チョコ掛けの部分とそのまま部分の間を齧り咀嚼した。
濃厚なオレンジの香りが、ふんわりと鼻腔を抜けていく。


「あッ、俺が最初に食べたかった!」
「提供する前に味見くらいさせてくれ」


微かに感じる皮の苦味に、まろやかなチョコレートの甘みが合わさり、引き締まった果肉のジューシーさを爽やかに引き立てている。
アクセントと彩りに振りかけたピスタチオとの相性も良いな、とついつい分析していると、待ちきれなくなった火澄に手首を掴まれ引き寄せられた。


「…っ!?」


指先ごと喰らいつかれて、恥ずかしさにじわじわと頬が熱を帯びていく。
オランジェットだけを味わえば良いのに、指の腹に這わされた舌にねっとりと舐められて、堪らず声を漏らしてしまった。


「…んっ、おい、行儀が悪いぞ」
「味見くらいええやん。歩とのマリアージュも最高やな」
「勝手に言ってろ」


やけに熱く鳴った鼓動を無視して、歩はティーポットを手に取った。
しっかりとしたコクに、渋みのあるストレートティーがカップに注がれて、ウバの赤みの強い水色がゆらゆらと揺れる。
歩は綻びかけた口元を誤魔化すように、一月早い甘い時間を、紅茶とともに飲み下した。



+fin+

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