Novel:Blue 2

□+夢うつつ+
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「こんにちは」
「あら、いらっしゃいませ」


近頃僕はこの棟、というよりは新聞部部室に足繁く通っている。理由は単純、居心地がいいから。それだけだ。
僕が椅子に座り、暫くすると淹れたての紅茶が笑顔つきで出てくる。お茶を飲むだけならカフェテリアにでも行けばいいのだが、僕の目当ては快適な環境を提供してくれる彼女だった。


「ひよのさんは今日もサボりかい?」
「今日もとは何ですかっ。たまたまですよ! カノンさんだってそうでしょう、今は四時限目です」


ひよのは頬を膨らませて、ぷいと横を向いた。返ってきた反応が愉快で、僕は更に質問を重ねる。


「ねえ、ひよのさん」
「………」
「僕が歩君を殺したら、ひよのさんはどうする?」
「……またその話ですか」


いい加減にしてください。
眉を八の字にして、苛つきを通り越し呆れたようなため息。それとともに吐き出された科白に、僕は堪えきれず笑った。


「ご自分で言ってらしたじゃないですか。ブレード・チルドレン以外は殺さないって」


彼女はすました顔で自分の紅茶を一口啜る。確かにその誓いは意地でも破らないけれど、こんな風にあっさりと言い切られると妙な気分だ。つられるように僕もカップに手を伸ばす。


「でなければ私はとっくに貴方に殺されてますよ」
「どうかな、ひよのさんは殺しても死にそうにないし」
「私を何だと思ってるんですか! それにしても何処かで聞いたような台詞でむかつきます」


此処に来て、僕は彼女を怒らせてばかりだ。またかと思わせるほど同じ質問を繰り返しているから、今日に限った話じゃない。本気ではないにしても、僕は来る度に彼女を怒らせている。


「本当に、不器用な人ですねえ」


ひよのの手がゆっくりと下ろされて、空になったカップとソーサがぶつかって音をたてる。それを合図にとん、と椅子を引いて立ち上がり、カノンは飲みかけのカップを残したまま扉へと足を向けた。この空間はもう、用済みだとでも言うように。


「美味しかった、ご馳走さま」


ドアノブに手をかけて、片手を振るカノン。不自然な態度に驚くことも心配する様子もなく、ひよのはにこりと笑顔で言った。


「お粗末さまでした。今度はお茶菓子くらい、持ってきてくださいね」


明るいトーンで投げられた言葉に少しだけ口角を持ち上げて、カノンは部室の扉を閉める。そのまま扉に背を預け、天井に目をやった。


「……あーあ」


全身を駆け巡る大きな後悔に、来て良かったという想いが僅かながら確かに混ざる。このような甘い感情は、これからの悪夢めいた戦いには枷になるだけだというのに。
――僕はやらなければならない。そう、僕らという子供達には希望などないのだ。
未だ軋む胸を制するために、覚悟の足りなさを戒めるために。カノンは両手で挟みこむようにして、自分の頬を叩いた。



+fin+

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