Novel:Blue 2

□+猫モノローグ+
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窓枠に反射した濃いオレンジの光が眩しくて、目を細めた。ああもうこんな時間かと読みかけのライトノベルに栞を挟む。
本を読み始めると、つい時間感覚がなくなってしまう。隣に座るコイツなんて、輪をかけてそうだろう。

今日は俺と久藤が図書当番なのだ。カウンターに片肘をついて、室内を見回す。
そろそろ閉める時間だというのに、活字離れの深刻さを物語る利用者数を目の当たりにして溜息が洩れた。


「ねえ、木野」


読み終わったらしい分厚い本を閉じて、整った顔が此方に向けられる。何を食ったらそんな顔になれるものなんだろうか。
いつものように薄い笑みを浮かべていない久藤に、俺は僅かに首を傾げた。そこはかとなく不機嫌そうな感じもする。


「木野は、いつになったら僕を好きだと言ってくれるの?」


唐突に投げかけられた問いに、一瞬、思考が停止した。疑問符が飛び交う脳内で、数回久藤の科白を反芻する。
いつになったら好きだと言うのか? 久藤のことを。……俺が。
好き、という単語に反応して不覚にも頬が熱くなった。


「なっ…なんだよ、いきなり…」
「木野の口からはっきりと聞いたことないなあ、と思って。告白の科白も、付き合って欲しい、の一言だったし。昨日だってセッ「うわあああ!!!」


思わず、叫んだ。こんなところでさらりととんでもない発言をするんじゃねえ!
平然とした面持ちの久藤を窘めるよう睨みつける。自覚できるくらいに赤面している俺は、何故か酷く負けた気になった。


「……ごめん、帰ろっか」


静かに立ち上がり、久藤は積み上げた本を細腕で軽々と抱えて戻しに行く。その姿を視線で追いながら、俺は胸の奥で何かが閊えているような不快感に苛まれた。

俺らは言葉で縛って安心する間柄じゃない。キスをしたり身体を繋げたりして、態度で示すことによって想いを確かめ合う。それは久藤も口にせずとも了解している、と思っていた。


―――けれど、


きゅうと心臓が締めつけられる。隠しているようで隠しきれていない、切なさを湛えて微笑う久藤なんて初めてだ。
惑乱した俺は、色々と思考を巡らせた後、非常に単純明快な結論に至った。求められているのならば、その通りに応えてやればいい。


「久藤!」


物音ひとつしない室内に、俺の声が響き渡る。窓際に立つ久藤はきょとんという表情をしていた。
俺はそんな久藤をひたと見据えながら近づいて、よっっく聞いとけ!今日は出血大サービスだからな!!と言外に訴える。

そうして久藤の目の前に立ち、汗ばんだ手のひらを握りしめた。この一言にすべての気持ちを込めてお前に伝えてやる。


「っ…す、……好き、です…」


緊張のあまり、普段使いもしない丁寧語になってしまった。
久藤が驚きのあまり瞳を瞠っている。ああくそ、きっと笑われてしまう。


「………」
「………」


予想に反して、沈黙が続く。
高鳴る鼓動に飲み込まれそうになっていると、次第に久藤の頬が赤みを帯びてきた。おお、よく見ると耳まで赤い。って、ええええ!?


「く、久藤?」
「……なに」


イヤ、なにじゃねーよ。
こんな表情も出来るのか、コイツにも可愛いところがあったんだな。俺が久藤をそうさせたのだと思ったら、存外気分が良くて笑ってしまった。
妙に満足した俺は、衝動的に久藤の腰に腕を回して体を引き寄せる。項に鼻を寄せれば、仄かなシャンプーの匂いと久藤自身の匂い。


「好きだ」
「僕も好きだよ、木野」


込み上げる幸せに浸ったまま久藤の肩越しに仰いだ空は、気づけばすっかり黒に塗り変わっていた。



+fin+

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