短編集

□なんて無謀な恋をする人
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「一足遅かったか」

「……義勇、また来たの?」

「毎回なんて格好だ、せめて服を整えろ」

「だって指一本動かせないんだもん……」







朝日が昇り始め、辺りが薄っすらと明るくなった頃、そのひとは現れた。いつも、どうやって感知しているのかわたしを見つける彼にはよくお世話になっていた。手早くわたしの服を直した義勇はわたしの足の間から垂れるそれを見据えて、顔色ひとつ変えることなく拭いていく。最初こそ恥ずかしくて抵抗したものの、いまや動けないしやってもらうのがありがたくてなすがままだ。にしてもいつもこんなに甲斐甲斐しく奇人の面倒を見るなんて、義勇はお人好しすぎではないだろうか。






「いつもごめんね?」

「そう思うのなら抱かれぬことだ」

「あはは、それは無理かなぁ……あのひと気まぐれだし」

「毎回言うがあえて言っておく、おかしいぞ」

「うんうん、そうだよねぇ。でもそれならわざわざ迎えに来てくれなくてもいいっていつも言ってるのに」

「同僚のよしみだ」

「元、でしょう?」





いつもいつも、わたしが無惨に手酷くされた後は義勇が見つけてくれた。元同僚の彼は一見冷たくも見えるがこんな人を裏切った愚かな奴の面倒を見てくれるお人好しだとわたしは思っている。いっそ拘束して監禁していたほうが楽だろうに、それはしないままわたしを助けてくれるのだ。こんな狂人にさえ優しい彼をわたしは裏切り続けている。






「っ、痛、」

「ひどい痣だ、暫く痕が残るぞ」

「あれ、ほんとだ」




先程まで無惨が掴んでいた場所が紫色に腫れていて、やはり人と鬼は違いすぎるのだとまた実感。その気になればいつだって殺せるだろうに。そもそも両親が殺されたあの日、わたしを殺さなかったのは何故なのか。わたしはあの晩、同じ場所にいたのに。目の前で両親が殺されて、わたしは。






悲しくて、つらくて、それなのにわたしの心を占めたのは恐怖ではなくただの疑問だった。ただただ、貴方が不思議だった。誰よりも強い鬼。それは幼心に理解していた。そんな彼が、何に怯えているのだろう、と。何が怖いの?何に怯えているの?そう紡いだわたしに貴方は目を見開いて、そのまま姿を消した。それからすぐ、お父さんは鬼となり、お母さんは鬼の血に耐えきれずそのまま死んでしまった。鬼となったお父さんはすぐにわたしを狙ったけれど、駆けつけた鬼殺隊によって殺された。それがわたしの呆気ない過去。


そして普通なら鬼を恨み生きるはずだった。鬼殺隊に入ったのだって仇討ちだと思うのが普通だ。生憎わたしが鬼殺隊に入ったのは無惨にもう一度逢うためだった。逢ってどうしたいのかもわからぬままに。



そんなわたしの歪んだ想いは無惨と逢ったことで白日の下に晒されて、そして不適合者の烙印を押されたわたしは除隊し今に至る。除隊してまで義勇と関わることになろうとは思いもしなかったけど。






「部屋まで運ぼう」

「……ありがとう、」

「……そういえばまた鬼を人に戻しただろう」

「よく知ってるね……問うたら人に戻りたいと言ったから、先日一人、ね」

「その術は使うなと言ったはずだが」

「でも、人に戻りたくて、戻してあげる術があるなららそれをわたしが持っているなら使いたいよ」

「それで鬼に成り果ててもか?」





義勇はこんなわたしのことを心配してくれている。この力のことは無惨と義勇しか知らない。広まればそれこそ、人にも鬼にも利用されてしまうから。本当は鬼殺隊でこの力を使うのが一番なのだろうけど、義勇はわたしの身を案じて周りに報告はしていない。わたし自身、あと何人人に戻したらわたしが鬼になるのかはわからない。だから無惨は早く、と急かすのだろうけど。





「鬼になれば鬼舞辻と共に生きられるとでも思っているのか」

「まさか。むしろなったら即陽の下に出されて死ぬか、それが大丈夫だったなら無惨に取り込まれるでしょうね」

「ならば鬼になりたいわけではないのだな」

「それが副作用だから甘んじて受け入れてるだけで別に鬼になりたくてしてるわけじゃないよ」

「それを聞いて安心した」





義勇がわたしを横抱きにして歩き出す。人目につかないように路地を歩いてくれるのはやはり義勇の優しさだと思う。とくん、とくん。義勇の胸に耳をつければ規則正しい音がしてわたしは静かに目を閉じた。






「……こっちが正常、なんだろうねぇ」

「そうだな」



なんだか面白くなってくすくすと笑う。だってわたしは人間だから。これが在るべき場所で、在るべき姿。




「アレの見た目に惑わされるなよ」

「別に、男前だから好きなわけじゃ……そもそもあれだけ人を喰ってる鬼なんだから原形は嘸かし悍ましいでしょうよ」

「わかってて惚れているのか」

「なかなかどうして、ねぇ」





無惨の姿が仮初めのそれであることくらい知っている。そもそも女の姿であった時もあるし、性別だって怪しいくらいだ。まぐわっているそれさえ真実かどうかわからないのに。





「鬼でも、バケモノでも、とんでもない悪人でも、救いようがなくても、それでも好きなの」





か細い声で紡ぐ。義勇にちゃんと聞こえただろうか、その言葉に返答はなくて、白んだ空に吸い込まれた。





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