いくら手をのばしても届かないなんて。
今更。
「……もう行くの、?」
「ああ」
微かな布擦れの音と共に、香ったのはクロスの香水の匂いで。
いつもそうだ、こうやってクロスは私の前から姿を消す。
届かない、と、わかっているからもう手をのばすこともやめた。
ただ痛いだけの関係は、やめられなかったけど。
「気をつけてね、」
「また来る」
もう何度こんな会話を繰り返したか。
また来る、だなんて、いっそのこと言ってくれなければ期待することも待ち侘びることもないのに。
投げだされた体はまるで、自分の体ではないように動かなくて。
いつだったか必死にあがいて貴方を求めた日々は、もう過去の思い出だ。
「さよなら、クロス」
見えなくなった、愛しいその後ろ姿に。
小さく呟いたのは最後の言葉で。
しあわせに、なんて言ってやらない。
どうか元気で、なんて、思いもしない。
貴方のしあわせを願ったのは、もう昔の話。
一思いに殺して
(願うのは貴方が後悔しないで生きること、ただそれだけ、)
(空っぽな私は貴方の傍にはいられない、)