00部屋参

□白に散る
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 朝起きると、隣に温もりの塊があった。
 ゆっくりと目を開け、隣に視線を遣る。まるで拾った犬か何かのような温もりの正体は、昨日一緒に布団に入った戌井だった。
「あー……」
 欠伸をしながら、昨日の出来事を反芻する。丸まったからだを視線でなぞれば、昨夜の残像が見えた。目に毒だ。そっと掛け布団を持ち上げて、剥き出しの戌井の肩に掛けてやる。眠る横顔はあどけなく、まるで少年のように見えた。
 いぬい、と一言口にして、静雄は布団の中から這い出る。
 昨日、一夜を共にした。昨日だけじゃない。それほど多くはないが、数回こうして関係を結んでいる。突然ふらりと現れ、子犬がボールにじゃれるように静雄にじゃれつき、わざと怒らせては喧嘩をして、楽しげに笑っている。ネジが外れた奴かと思えば、決してそういうわけではない。一般人がいるときは、大人しく映画の話なんぞをしているのだから。だが、昼間そうして輝いている目は、夜になると別の意味で爛々と輝く。静雄と戌井の交わすそれは、発情期の獣のそれだ。
 自分たちの関係を何と言うのだろう。そう考え掛けて、静雄はやめた。
 恋人ではない。面と向かって愛の言葉を交わしたことも、手を繋いだりしたこともない。だが、友達かと訊かれればそれも違う。静雄は確かに戌井のことを愛していたし、それは戌井も同様だろうと思っていた。
 形を為さない、しかし確かに存在する関係。
 それは二人に丁度良いかもしれない。池袋を出ない静雄は戌井に自ら逢うことができないし、連絡先も知らない。彼の職業すら確かには知らないのだ。しかし、それが不公平だとは、静雄は思わない。それら全てを知るためには、もっと時間をかける必要がある。出会ってすぐに自分の過去を語る人間を、静雄はあまり好きではない。
 何故戌井だったんだろう。乱れた虹色の髪を整えてやりながら、静雄は思った。
 あれだけからかわれても、戌井が相手なら不思議と腹立たしくない。その時はムカつくのだが、嵐が去ってしまえば、もう何もないも同然だった。憎めない、と言えばいいのだろうか。人懐っこく明るい戌井は、静雄がなりたかった人物像によく似ていた。
 じゃあ、何故戌井は静雄を選んだのだろうか。
 つむじの辺りをくすぐってやると、戌井は少し呻いて身じろぎをした。
 静雄みたいになりたい、と言われたことがある。静雄みたいな強さが欲しかった。主人公になりたかった、と。しかし、静雄から見たら戌井も充分主人公に値する人間だ。
 寂しいだけなのかもしれない。
 昨夜噛まれた跡をなぞり、静雄は動きを止めた。
 強くなりたい戌井と、強さなどいらない静雄。静雄の過去には力を拒絶したいと思った理由があるし、ハッキリと言ったことはないが、戌井も強さを求めた何かしらの理由があるのだろう。
 二人は、欠けたパズルのピース同士だった。
 だから、名前も形もなくとも、こうしてちゃんと収まったのかもしれない。
「……起きろ、戌井」
 そこまで考えて気恥かしくなった静雄は、ゆさゆさと隣で眠る体を揺する。
「ん……静雄、朝か?」
 戌井は大きく欠伸をして、コンタクトの嵌められていない眼球を覗かせた。
「ああ」
 短く答え、しかしおかしいほどに戌井の愛しさを感じた静雄は、ぶっきらぼうに言葉をつけ足す。
「朝だ」








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