00部屋参

□にゃんにゃんにゃん!
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 朝起きたら頭に猫耳が生えてしっぽまで存在していた。そんな状況を、どう信じろというのだろうか。
 ちょっとやそっとのことは気にしない大雑把な性格のグラハムは、そんな現実と直面し、珍しく頭を悩ませていた。
 頭には、三角形をした金色の耳。腰には、長い尻尾。大きさこそ違えど、それらは立派に猫のものである。
「……俺は猫だったのか?」
 自分の尻尾をぐいぐいと引っ張って確かめつつ、グラハムは眉根を寄せる。これが並々ならぬ状況であることは確かだ。常識的に考えて理解できない。
 だがしかし、
「まあ、いいか」
 グラハムに常識はない。ついでに言えば、彼は馬鹿である。
 日常生活に特に支障が出なければいっか――彼が辿り着いた結論が、これだった。
 しかしながら、さすがにこのまま外を出歩くわけにはいかない。目立つ耳は隠す必要があるし、作業着に尻尾用の穴を空けはしたが、逆に外に見えてしまう。
 さあ、どうする。
 顎に手を当てて考えるグラハムは、彼らしくもなく、周囲への警戒を怠っていた。
 だから、気付かなかった。
 この部屋のドアが、合鍵で開けられたことにも。
「こんにちはー、グラハムさ」
「来るなシャフトォォォォォォオオオオオオオ!!!!!!!」
 こうして、何も知らないシャフトは、グラハムの猫耳を見てしまったというただそれだけの理由で、犠牲者となったのだった。



「……とにかく」
 シャフトは丈夫である。ついでに言えば、割と何事にも動じない。
 数分後。目を覚ましたシャフトは、自分の兄貴分の頭に付いている猫の耳にもそれほど驚くことなく、原因を探っていた。
「心当たりとか、ないんですか?」
「心当たり?」
「何か変なもの拾い食いしたとか。変な所に迷い込んだとか。そういうこと、最近なかったですか?」
「……シャフトよぉ、お前、俺のことなんだと思ってるんだ?」
「手のかかる大きな子ど痛っ」
 巨大レンチが再度シャフトの腹に直撃し、シャフトが痛みに声を上げる。その様子を特に何とも思っていない様子で見ていたグラハムは、「あっ」と手を叩いた。
「そういえば昨日、アップルパイを貰ったな」
「アップルパイ? 誰に?」
「誰だっけな、あいつ……なんか白衣着てたんだが……。腹が減ったから脅して何か貰おうと思ったら、くれたんだが」
「それだあああああああああ!!!!!!」
 拾い食いとかいう問題ではない。やはりグラハムには常識がなかった。
「小さい頃に習わなかったんですか、知らない人からお菓子を貰っちゃいけないと!」
「悲しい……悲しい話だ、シャフト……。それは子供に対する話であって、俺はもう立派に」
「あんたの中身は十分子供ですから!」
 勢いのままハイテンションに突っ込んだシャフトは、肩で息をしながら、呼吸を整える。そして、決心したように顔を上げた。
「とにかく、ここから出ましょう」
 唐突な舎弟の一言に、グラハムは長い前髪の下の目を丸くする。
「ここから? 何言ってるんだシャフト、ここが一番安全だろう?」
「そんなこともないんですよ……いいから早く! ほら、俺の帽子被ってください!」
「? ああ」
「尻尾はほら、コートか何か着て隠して!」
 ばさり、と衣装棚の奥にぐちゃぐちゃに詰まっていたコートを被らされ、何事かとグラハムは抗議を口にしようとした。だが、その言葉は、蹴破られたドアが立てた音により、ただの雑音と化す。
「やっほー、グラハム」
 立っていたのは、クリストファーとリカルドだった。
「何か面白いことになってるみたいだから来たんだけど……」
「悲しい話だ、空気を読めこの赤目野郎!!」
 既に今日一日で何度も凶器に使用されている相棒のレンチを、ぶんっとドアの傍に立つクリストファーに投げつけるグラハム。それを器用に避けたクリストファーは、歯を見せるように笑う。
「僕も君と喧嘩したいのは山々だけど、今日はそういう用事がないからやめようよ」
「何の用事だ! 誰から聴いた!」
「それは……ねえ?」
 微笑みとともにクリストファーが首を傾げるが、争いをくぐり抜けて器用にグラハムの傍まで近付いたリカルドは返事もしない。代わりに、グラハムの作業着の裾を引きながら言った。
「グラハム、ちょっとしゃがんでもらってもいい?」
「……? リカルド坊ちゃんが言うならしょうがないな」
 見え見えの目的にも関わらず、それを見抜けずにしゃがみ込むグラハム。
 次の瞬間には帽子は脱がされていて、晒された猫耳をリカルドが興味深そうに見ていた。
「あ、本当に生えてるんだ」
「ぼ、坊ちゃん……!?」
「触ってもいい? 感覚はあるんだよね?」
「別に構わないが……」
「僕もいい?」
「誰が許すか」
 リカルドがこの件を知った仕組みは至極簡単。シャムを通じてだ。
 元々実は小動物が好きな彼女はグラハムの耳を触ってみたくなり、ついて行くと主張したクリストファーも引き連れ、こうしてやって来たのだった。
「あ、ふわふわだ」
 動物の頭を撫でるような手つきでグラハムの頭に触れたリカルドは、ふにふにと優しくグラハムの耳に触れる。心地良いのか、グラハムは目を細めた。
 その光景は、巨大なペットを可愛がる子供といった微笑ましい図を演出しており、「よーし僕も」とそこに加わろうとしたクリストファーは、二人の様子を見ていたシャフトに止められたのだった。
「吸血鬼が入ったら台無しなんで割り込まないでください」
 結構傷付く一言で。



 ひとしきり耳に触って満足したのか、あの後小一時間ほど居座ったリカルドは、結局満足してグラハムの家から出て行った。
 そして、グラハムも外出することにした。
 リカルドの様子があれなら、ルーアも可愛いと言ってくれるかもしれない。そして、それはラッドをも喜ばせることになるのではないかと、そんな結論に辿り着いたのである。
 シャフトから借りた帽子で再度耳を隠したグラハムは、兄貴分が住む屋敷に向かい、意気揚揚と歩いていた。
「楽しい、楽しい話をしよう! どんな状況でも楽しむことこそが俺の心情であるからには、こんな状況でも楽しむことが大事だ! と言うか実はの話なんだが、リカルド坊ちゃんがわりと楽しそうにしていたので、俺も幸せだったりする! すごいなシャフト、猫の耳があの坊ちゃんを笑わせたんだぞ? 猫耳は世界を救う、素晴らしいじゃないか!」
 上機嫌なその様子に最早突っ込む気力さえなく、シャフトは大人しくその後ろを歩く。
 そして、あと数メートルでラッドの家という角に差し掛かった時だった。
 角を曲がったシャフトは、思わずその場に立ち止まった。
「……グラハムさん?」
 先程まで自分の目の前をあるていたグラハムが、いつの間にかいなかった。ほんの数秒の間に、跡形もなく消え去ったのである。
「ちょ……もしかして、習性まで猫に!? 元々猫みたいな人だとは思ってたけど!」
 さり気なく失礼なことを口にしつつ、その場にあったゴミ箱の蓋を開けたりしてグラハムの姿を探すシャフト。かなり失礼ではあるが、彼は本気だ。本気でそんな場所にグラハムがいると思っている。
 だから、彼は気付かなかった。
 彼の頭上――ビルの屋上を走る、一人の人間がいたことに。


「お前さ、どうしたんだその耳?」
「悲しい……悲しい話だ……。さっきまで嬉しくて楽しくてハッピーだったのに俺は今不幸のどん底だ!」
「それは残念だったな」
「お前のせいだ!」
 走っているのは、グラハムを肩に担ぎあげたクレアだった。衝撃で帽子が脱げたのか、グラハムの頭には猫耳が剥き出しになっている。
「下ろせ、俺は今からラッドの兄貴に逢いに行ってこの耳を見せて世界に愛と平和を広げるところだ!」
「相変わらず良く分かんねぇな、お前。なんか頭に生やしてるし」
「何だその言い方は。これは起きたら生えてたんだ。リカルドの坊ちゃんとルーア姐さんを喜ばせるようにという天からの授かりものだ」
 普段は別段神など信じていないくせに突然キリスト教徒と化したグラハムの耳を、クレアは興味深そうに眺める。
 そして、引っ張った。
「にゃっ」
 クレアの腕力は、半端なものではない。あまりの痛みに、グラハムは悲鳴と思しき鳴き声を上げる。
 だが、それが駄目だった。
「これ、感覚あるんだな」
 感心したような声を上げるクレアに、グラハムはどことなく嫌な予感を覚える。
「……貴様、何処へ向かってるんだ?」
 対するクレアの返答は、至極簡潔だった。
「え、俺の家」
「下ろせ今すぐ!」
「いや、大人しくしとけって。あ、この尻尾も本物なのか?」
「に、に゛ゃああああああああああああああ!!!!!」

 暴れるグラハムがシャフトから話を聴いたラッドによって救出され、そこでクレアVSラッドの盛大なバトルが起きるのは、それから三時間後の話。








雁覇さんからいただいた「けも耳グラハム総受け(オチはクレア)」でした!
久々のギャグ、そして初のグラハム総受けでした。猫耳に拘り過ぎて総受け要素が薄い……ですが、グラハムの耳を触る坊ちゃんが書けただけで私は満足です。
猫耳なのにどこにも可愛い要素やエロ要素がなくてすみません。にゃあと鳴いているだけ許してください。

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