00部屋参

□無自覚とは性質が悪い
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 グラハム・スペクター。シャフトの一つ上の先輩であるその女子生徒は、少し変わっている。
 制服指定であるこの学校に、何故かいつもジャージで登校して来ている。彼女が他の姿でいるのを、シャフトは見たことがなかった。噂によれば、彼女が制服を着用していたのは入学式の日だけだったらしい。次の日には既に、この、真っ青で目に痛い俗に言うイモジャを着て登校して来ていたのだそうだ。
 そして、何よりもおかしなこと。
 彼女は――彼女は、いつも巨大なレンチを持って登校して来ていた。



「……グラハムさん」
 シャフトは現在、その彼女とともに昼食を採っていた。
 グラハムとシャフトは、先程も言ったように一年学年が違う。それなのに、二人が一緒にグラハムの教室で食事をしているのには、わけがあった。
 グラハムは、俗に言うところの問題児だ。
 授業は全て眠り、ノートを他人に映させてもらうこともせず、昼食の時間のみ活動している。部活動にも参加しておらず、放課後はその巨大なレンチを持ってうろつき、付近の様々な物を解体しては、また元通りに直している。問題児と言うより、妙な生徒と言った方が良いかもしれない。
 そして――そして、めちゃくちゃ喧嘩が強かった。
 入学当時、彼女に注意をした教師が半殺しにされた。噂を聴いて絡んできた上級生の不良女子どもを一発でのし、それにキレて襲いかかって来た男子も完膚無きほどに叩きのめした。街中で絡んでくる不良も、一年生の頃はいたそうだが、今となってはもういない。
 『巨大レンチのジャージ女』――いささかというかかなり頭の悪そうな、むしろ都市伝説に近い通り名だが、彼女に出逢ったら逃げるようにと付近の学生たちの間では言われているらしい。
 そんな彼女のクラスに後輩の一人や二人いたところで、別に誰も何も言わない――いや、言えないのだ。
「ん、何だ?」
 そんな強さの彼女だからか、この学校にも他校にも、舎弟のようなものがたくさんいる。ほとんどが男なのは、女の大部分が彼女のテンションについて行けないからだろう。彼女が美人だということも関係しているかもしれない。
 その中でも一番の弟子――いや、相方は、シャフトだった。本人たちは預かり知らぬ話だが、「二人は結婚する予定だ」などという噂まで校内では出回っているらしい。
 話を戻すと、とにかくグラハムは変わっている。そして、それと普通に付き合えるシャフトも、若干浮世離れしている。
 だから彼は、こんなことを口にすることにも、さしてためらいを持っていなかった。
「髪、邪魔じゃないですか?」
 普通の人間なら、気になりながらも指摘できない内容である。キレられるのが怖いからだ。しかし、シャフトは知っている。彼女がこの程度で怒らないということを。
「む、そういえば邪魔だな……ああ、悲しい、悲しい話だ! 私は馬鹿なのか? というか感覚が麻痺しているのか、これが俗にいう無痛症とかそういう類のあれなのか? 私は何と、自分が髪を邪魔がっているということに、髪のせいで暑苦しいということに、今の今まで気付きもしなかった! 何故だ? 何故だと思う?」
「あー……午前ずっと寝てたからじゃないっすかね?」
「それも一理ある! しかしもしかしたら、これは重大な病の前触れかもしれない……私は少しずつ神経が麻痺して言っているのかもしれない……ああ、悲しい、悲しい話だ……それなのに私は医者が嫌いだ……特に歯医者と注射と点滴が嫌いで、耳鼻科の鼻をすーってするやつも嫌いだ……」
「その程度で死にはしないと思いますよ」
「そうか?」
「でも髪はくくった方が良いですね。ほら、髪大分伸びたじゃないですか。弁当に入っちゃいますよ」
「む」
 既に口に数本含まれている自分の髪を見て、眉を寄せるグラハム。シャフトには、彼女がこの後言う言葉が分かっていた。
「……結べ、シャフト」
「はいはい」
 苦笑しながら立ち上がったシャフトは、彼女のために常備携帯しているヘアゴムをカッターシャツのポケットから取り出す。そして、グラハムの髪を首筋でまとめると、その赤いヘアゴムで要領良くまとめていった。
「……お前、慣れてるな」
 常々思っていたことをグラハムが口にすると、「そうですね」とシャフトは頷く。
「年の離れた妹がいて、時々俺が髪くくってやってるんです」
「? 兄がするものなのか?」
「親は忙しいんですよ」
「……そういうものか。私は他人に髪を触らせたことはないぞ?」
「ないんですか?」
「ああ、ない。小さい頃、姉に美容師さんごっこをしていて髪を切られたことがあってな。それ以降他人に髪を切らせるのはやめた。というか軽くトラウマになった」
 へえ、とシャフトはグラハムの愛らしいつむじを見下ろす。この人にも色々あったらしい。
 しかし、あれ、と手を止めた。
「でも、俺には髪を触わらせてますよね?」
「……お前は特別だ。終わったか? 終わってなかったら悲しい話だぞ?」
「あ、はい、終わりました」
 今、さらっと、何か言わなかったか、この人は。
 シャフトは唸り、その答えに辿り着く。しかし、グラハムは素知らぬ顔で、弁当を食べていた。
「シャフト、早く座れ。どんだけとろいんだ」
「……いえ、あの、」
 確信犯ですか、それとも、無意識ですか。
 そんな言葉を口の中に押し込み、シャフトはメロンパンで蓋をした。









リクエストいただいた、『シャフグラ♀で現代で、昼食時にグラハムさんがシャフトに髪を結ばせる話』でした!
ツボすぎるシチュエーションで悶えまくりました。シャフトにしか髪を触らせないグラハムさん。そしてイモジャ(ポイント)なグラハムさん。
趣味に走りすぎました申し訳御座いません。リテイクはいつでも受け付けます^^

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