00部屋参

□父子
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 林冲が、魘されていた。
 拾った当初はこちらを警戒してかほとんど眠らず、眠っているところに少しでも近づけば飛び起きていたというのに、最近の林冲は私がいる前でも寝顔を見せるようになった。それは本人が口にしない私への「信頼」を表しているようで、嬉しかった。
 けれど、前から気になっていた。
 林冲は、よく魘される。
 今日もそうだ。一体どんな夢を見ているのか、それが分かったことはない。ただ、いつも同じ夢を見ているように感じる。

『林冲、悪い夢でも見るのか?』
『……何の話ですか?』

 本人も心当たりはあるのか、訊けば言葉を濁していた。本人が言いたくないのならとそれ以上は訊かぬようにしていたが、しかし、断じてどうでも良いわけではない。
 林冲は私の子だ。
 心配せぬわけがない。

「いや、だ」

 秀麗な顔が歪み、唇から言葉が漏れる。

「……何がだ?」

 初めて聴いた寝言に耳を寄せると、苦しげな顔をした林冲は、頭を振るようにして言葉を続けた。

「おいてかないで、」

 まるで子供に戻ったかのような言葉に、ハッとして身を離す。

「ちちうえ、」

 冷水を浴びせられたかのように、体が冷えていったのが分かった。

「……林冲、」
「やだ、いかないで、」

 伸びた手が、何かを求めて虚空を彷徨う。

「独りにしないで、」

 その手を、私は握れなかった。握ることができなかった。
 白い頬を涙が伝い、鎖骨にこぼれ落ちる。だらんと伸びた腕が突然墜落し、がたり、と体が揺れて長椅子に倒れ込む。
 この光景そのものが、一つの悪夢のようだった。

「ちちうえ……」

 ああ、問うてみたい。
 その父親とは、一体誰なのかと。
 彼の記憶に残らぬ実の父親なのか、それとも林冲を置き去りに逃げて行った山賊の義父なのか、そして、他ならぬ私自身なのか。
 私は林冲を子だと思っている。
 ――では、林冲にとっての私は、父親であるのだろうか。
 父親であるとしても、子を捨てて去るような父親に思われているのだろうか。
 問うてみたい。
 お前にとっての私は何なのかと。どれだけ信用しているのかと。
 けれど、訊けない。
 訊いたら同じ問いを返されそうで、怖いのだ。

『では、王進様にとっての私とは、一体何なのですか?』

 唯一無二の子だと、私はそのときハッキリ言うことができるのか?
 血の繋がりも持たない私が、親であると言えるのか?

「……林冲」

 せめてと、額に貼り付いた前髪を掻きあげる。
 私は、お前を独りにしたりはしない。
 その言葉がいつか届く日を、信じて。














王林は根底に父と子というものがあって、すれ違ってる互いへの想いというのがあって、そのうえで書いています。そしたら恋愛っけがなくなるんですけどね……。

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