00部屋参

□請え
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 眼前に立った男の指が頬に触れる。その面白げな視線が気に入らず、グラハムはきっと彼を睨みつける。この男は、敵だ。決して本心を見せてはいけない。
 しかし、そんなグラハムの心の中も分かっている男はクスリと笑い、すっと顔を寄せた。
「逃げたいか?」
 低く甘い囁きに、グラハムは背が震えるのを感じる。だが、視線を逸らすことはできない。それは、大国の将軍である自分の矜持が許さないのだ。
 そのようなことを考えている間にも、男の指はゆったりと動き、牢生活のせいで乾いた頬を撫で始めていた。グラハムのものとは違い、その指は柔らかい。
 昨晩シャワーを使用したところだということを、この男は知っている。グラハムは息を吐いた。
 指が、薄い唇へと進む。
「……なぁ、囚われの騎士さん」
「頼んだところで、出す気はないのだろう」
「そう簡単には出してやらねぇな」
 意地の悪い笑みを浮かべる、整った顔。
 続く言葉が何なのか、グラハムはよく知っている。言われなくても分かっている。この男がグラハムに求めることなんて、一つしかない。
 近付けられた男の舌が、乾いたグラハムの唇を舐める。彼は身を引こうとするが、手錠のせいでそれは許されない。男は唇と唇をくっつけたまま、口移しのように言葉を伝えた。
「請え」
 射るように冷酷で、同時に、どうしようもない甘さを含んだ声で。
「出ていきたいなら請え。それが嫌なら、ずっと此処に居ろ」
 ずっと、なんて。
 請うても出す気はないくせに、そう考えたグラハムは、誘うように唇を重ねた。









 

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